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0131_2月の幸福な頭痛

「頭痛が痛いんだ」
 と、岩名が言った。私が『頭が痛い、でしょう』と言うと、それとは違うと言う。私は何となく岩名の頭を撫でた。ふわふわの癖のある柔らかな髪質は、きっと岩名の母親に似たのだろう。母親はこれにもっとくるくると癖を足した感じ。けれどもう私は覚えていない。
 私は丁寧に頭を撫で続けた。
「ああ、なんだか心地がいい」
「それを言うなら私の方だわ。ふわふわのこの髪の毛が癒しになっている」
 私は撫でていた手を止めて岩名の頭に顔をうずめた。大きく息を吸うとトリートメントのきれいな香りがする。さっき風呂を出たばかりだからだろう。私と同じ香りがする。
「ああ、頭痛が痛いな」
 私が顔をうずめるその下でこめかみに中指を押し付けて岩名が言う。私は頭を揉んでやることにした。そんなに凝っているようには思えないが、親指に力を込める。
「あ、いいね、そこ気持ちいい。頭痛いたい。」
 またおかしなことを言うので私は笑う。笑って、すぐに落ち着くと、岩名が口を開く。
「母がね、一度帰ってこいって」
「え」
「麻ちゃんと二人で、一緒に帰っておいでって」
 私は力を入れていた親指に、思わず更に力を入れた。いてて、と岩名が言い、私は泣いた。
「時間が掛かってごめんねって言ってた。あと、おめでとうって」
 岩名が振り返り、私を抱き締めた。髪の毛はふわふわなのに、私を抱き締める彼女の力は強い。離さないと言われているようで、私はまた嬉しくて泣いたし、言葉がでない。
「麻ちゃん、大好きだよ。待たせてしまってごめんね。待ってくれてありがとう。私たちの大切な人たちは皆、祝福してくれたよ」
 私も岩名を抱き締めた。同じような力の具合で、離さないように。

 私と岩名は幼馴染みで恋人同士であり、女性同士である。高校2年生から付き合い始めて間もなく十数年になるけれど、殊更それが変わるわけではない。愛は募る一方である。
 20歳になった時に両家にカミングアウトした。我が親は薄ら気づいていたようで驚くこともなく、頑張れと言った。一方で岩名の母には理解に苦しませた。そうして、私と岩名は半ば無理矢理に故郷を出たのだった。あれから10年が経ち、私も岩名も30歳になる。
「時間が解決するということなのか」
 岩名が私の首筋に顔をうずめてポツリと言う。
「どうだろうね。時間が解決すると言うより、解決するのに時間が必要なんだろうね」
 私が言うと、顔をあげてそっとキスをした。
「自分の親なのに10年振りだよ。挨拶、なんて言おうかな。服とか、何を着ていこう。」
 岩名が言う。私もキスを返した。
「ふふふ、頭痛が痛いね」

 2月になったら会いに行く。




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