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0304_チャイム

 発車のベルがなり、私は電車に乗り込んだ。いつの間にか季節が進み、この時間でもうっすらとまだ明るい。

 私が学生の時分に大好きだった1つ上の先輩を思い出していた。明るく快活で、気さくで楽しいその人は、男女ともに人気があり、友人も多かった。それなのに、私なんかに目をかけてくれ、事あるごとに声を掛けてくれたのだった。昨日行った店のケーキが美味しかったからお土産に、気が向いたから家でクッキーを作ったのでどうぞ。理由はなんでもあって、一方で、私がそれをもらわない理由は一つもなかった。好きにならないわけがなかった。
 でも、彼には恋人がいた。
 私はもちろんそれをずっと知っていたけれど、知らないフリをして、ある時に伝えた。好きです、と。当たり前のように断りを入れられたが、その断り方もなんとも美しかった。
 
 私は2つも大事にできないから。
 
 彼にこう言わせる恋人は一体どんなものだろうと、私は俄然興味を持ってしまった。でも、だからと言って恋人に会わせてくださいなどと言えるはずもなく、私はなんとなく距離を取り、彼もまたなんとなく離れていった。

 この電車に乗る前に、彼を見かけた。同じくらいの背丈の人と手を繋いで歩いていた。顔を見合わせたり、何かを話している様子はなく、ただ同じ目的地に向かって共に歩むような。ただそれだけ。彼と会わなくなってもう10年は経つのに、それが彼だとすぐに分かった。そして同じくらいの確度で、手を繋いでいるのがきっとあの時からの恋人だろうと思った。そして私は、特別な感情がわかないことに気づく。
 私は声をかけることなくしばらく彼らを見ていたが、どこかで学校のチャイムのようなものが鳴って、踵を返し、駅へ向かったのだ。

 あの頃とは違う。
 例え同じ登場人物であっても、色々な条件が違うのだ。だから、今の私が彼を好きなわけではない。それは少しだけ悲しいけれど当たり前のことであって、何もおかしなことはない。けれど、チャイムが鳴り終わるころ、ふと気づく。彼はもしかしたら私のことも大事に思っていてくれたのかもしれない。2つも大事にできないと言ったあのときの彼は、一瞬でも私を大事にできるかどうかと、恋人と私を天秤にかけてくれたのだろう。そう思うとそれだけで、私の思い出は十分なのだった。
 彼に告白をしたのは、今日のようなまだ明るい空で、暖かい春を迎える少し前の日だった。発車のベルが鳴り終わり、私を乗せた電車が発車する。




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