見出し画像

0212_階段

 何段上っても、頂上にはたどり着けない。
 私は、最近、夢で階段を上っている。降りたことはなく、上る一方である。どこに向かっているのかも分からなければ、どこから来たのかも分からない。たどり着くことはない。私は本当に私なのかも不明である。分からないことだらけで階段を上りながらも、辺りを見回す余裕はあるようで、その限りでは誰もいない。もう少し遠くを見れば誰かがいるような気もするが、分からない。誰もいない知らない場所で、私は知らない上を目指している。
 目を覚ますと、私はいつもしっかりとその夢を覚えている。うすらぼんやりとした頭のなかで、何となく、今日もたどり着けなかったと気持ちが落ちるのを感じる。

 今日の帰宅間際に会社で避難訓練があった。私は何となくこの階段の夢を思い出していた。私の勤めるオフィスは30階にあり、そこから延々と降りていく、年に1度は必ず行う訓練である。
「下り続けるってもう気持ちも下がるわ」
 文句を言いながら降りる後輩や同僚に紛れて、私は嬉々としていた。いつも夢では階段を上がる一方だから、現実では降り続けてしかもゴールまで明確にあることに私は喜ぶのだった。そんなことを階段を降りながら彼らに話す。
「何かの明示じゃないですか」
「夢占いみたいな」
 彼らは口々に予想し始めてくれた。私はそうだなぁと思いながら、何を明示してくれているのだろうかと考える。上り続けることで何を示してくれるだろう。
「すみません、こちら混雑しているので、あちらのルートでお願いします」
 係員に言われ、別の道を行く。
「申し訳ございません、こちら、欠陥があり、あっちにお願いします」
 『あちらのルート』に行くと、今度は『あっち』へと言われる。『あっち』は現在、絶賛混雑中であり、我々は今、17階で立ち往生している。
「先輩、わかったよ」
 先程から文句ばかりを垂れている後輩が、やっぱり文句を言うようにして私に言う。
「階段は上り続けていればいいんだと思う。今日みたいに下り続けるのは何か凹むし、こうやって立ち往生になったらそれもしんどいですよ。上がるだけ上がっているんじゃないですかね」
 ため息をつきながら彼が言う。
「でも頂上が見えないよ」
 私もため息をついて言うと、彼はやっと笑った。
「まだまだ行けるぜってこと!」
 私も笑い、やっと階段を降り始めた。
 とりあえず、次にまた階段を上るのであれば、意気揚々と上ろうと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

18時からの純文学
★毎日18時に1000文字程度(2分程度で読了)の掌編純文学(もどき)をアップします。
★著者:あにぃ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?