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思考実験 続・パラノイア

私は人と関わるのが苦手なので、かなり狭い限られた人々としか話したことがありません。他者と話し込むことがありません。そう言った前提の上でずっと考えてた話をします。

職場の人と雑談をする時に専門的な話になると、男性は細部に至るまで詳しく説明してくれる時がある。それはそれのオタクだからだ。

私はカメラのことを「自己表現を出力してくれるツール」だと思っている。男性的思考との決定的な違いはそこだと思っている。ツールなだけであって詳しくは知らない、みたいな?洋服が好きなのもそう言った理由。

男の人と関わっていくと、何かしらのオタクな人はメカニックな部分が好きでそこに詳しくて、この機能がどうとか機械性がどうとか、そういう話をよくしているし、高機能なメカを持って集めてカスタムしていく、それを見せるのも好きなようにみて取れる。

それが正しいかとかは置いといて、私はオタクな人としか話すことができないっぽいのでこのような事柄について昨日考えていた。

女性脳男性脳と分けているのはわたしがたとえば男性と話す時「私は今男性と話している」という自覚を強く持った上で関わっているからである、ある種の強迫観念みたいなもので、そこは許してほしい。

たとえばこの機械を組み合わせたらこんなことができるよね、とかそういう話は男性がすることがほとんどだった。

これらを踏まえて色々思考を巡らせてみると、恋愛や何かの関係性において女性目線から見てその細部への知識や興味をぶつけられることで「私の知らないことを知っている頭のいい人だ」と短絡的に考えてしまいがちで、​───これはただ単にめちゃくちゃ簡潔に物事を言っているだけで全女性に当てはまるという訳では無い​───だからその人に惹かれてしまうのではないか。

*私は単純なものの見方をしておらず屈折しているし、馬鹿ではないので自分が下に見られてたりすることに対して極めて敏感で異議を唱えたり急に糸が切れてしまいがちになってしまう。

そのようなことを考えた昨日今日だった。
ほんとに終わりはない。
ただそれだけだけど考えをまとめてみた…。

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