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走馬灯には出てこない、でもかけがえのない日々の出来事🍊 お仕事のお問い合わせはHPまで…

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最近の記事

子宝の家にいったら妊娠した話

私の知り合いに『子宝の家』に住む人がいる。子宝の家というのは私が勝手に名付けただけで、私以外の人は多分この事実に気づいていない。その家は閑静な住宅街にあり、私の知り合い家族がごく普通に暮らしている。ごく普通にと書いたが、子どもが4人いる。私がその家にお邪魔した時は子どもが3人で、末っ子ちゃんはまだお母さんのお腹の中にいた。 最初子どもが3人いると聞いて少し驚いたけれど、まぁそんな子だくさんなお家もあるのだろうくらいに思っていて別段気にはしていなかった。 ある日用事があって

    • 明日ともだちがLINEから消える

      「そういえば、10月にLINEがヤフーと統合するからLINEやめるね。」 何かのサブスクを解約するくらいの質量の無さで、通話口の友人はそう言った。今だってLINEで通話しているのに、そんなことは全然関係ないみたいだった。 「え、なんで?」 「ヤフーあんまり好きじゃないから。信用の問題かな」 「ヤフーと統合するんだったらやめてやるぞと」 「そういうこと。」 「じゃぁ、これからいろんな人との連絡どうするの?」 「SNSは他にも色々あるし」 「そうだね、WhatsAppでも入れ

      • 他人軸で生きることを辞めた瞬間、歯の食い縛りが治った

        OLをやめてから自分軸で生きようと思って好きなことをやってきたつもりだったけれど、でも何かおかしいぞ(あんまり楽しくないぞ)と思う時があった。先日参加するか否かで迷っているイベントがあって、スケジュール帳とにらめっこしているときにふと気がついた。 「私、別にこのイベントに行きたい訳じゃ無い。必要とされるならいきますよってスタンスなんだ」 それで、行くのをあっさりやめた。 今まで気がつかなかったけれど、私は自由業になってから、できるだけいつどこに仕事が入ってもいいようにスケ

        • 恋文も賀状も全部捨てた。最後に残ったのはあの手紙だった。

          手紙というのはなかなか捨てられない。特に年賀状のような写真入りのものは気持ち的にもプライバシー的にもいろんなことが気になって結局「もう少し残しておこう」ということになる。直筆の手紙もまた、捨てがたい。量産的に書かれたであろう年賀状などはそうでもないが、時に驚くほど丁寧に認められた手紙など見つけると、その筆跡から当人のことが偲ばれて手放せない。 先日一念発起して実家の片付けに行ったとき、思いがけなく手紙の整理をすることになった。当初の予定は服の断捨離だったが、幼少期に宝物を入

        子宝の家にいったら妊娠した話

        • 明日ともだちがLINEから消える

        • 他人軸で生きることを辞めた瞬間、歯の食い縛りが治った

        • 恋文も賀状も全部捨てた。最後に残ったのはあの手紙だった。

          植物の茂る不思議な庭

          夫の仕事先に、植物が異様に茂る庭があるという。その庭では、例えば朝食に食べたグレープフルーツのタネを庭に投げると芽吹いて立派な木に成長する。実際現場の写真を見せてもらうと、家の真ん中に屋根を貫く巨大な木が生えていた。なんの木か尋ねると杉だという。しかもその杉は一般家庭に植えられる園芸用の杉ではなくて、山に生える正真正銘の杉だった。 「クリスマスの寄せ植えを買ったら、1つだけ生き延びた木があったんだって。それを庭に植え替えたらあんなに大きくなっちゃったってわけ。」 モミの木

          植物の茂る不思議な庭

          ブドウの皮を剥くしあわせ

          今朝ブドウの皮をむいていた時、Coccoの曲を思い出した。 何年か前に出たアルバムのなかに、誰かのためにブドウの皮を剥く歌が入っていた。 あなたはグラスに水を注ぐことも 日々自分自身を養うこともできる あなたのブドウを剥かせて あなたのブドウを剥かせて だって それは、私があなたにできる唯一のこと あなたは瞬きのようにやってきて どこへだって好きなところに行ける あなたのブドウを剥かせて おねがい だって これがあなたにできる唯一のことだから (和訳:NoAH)

          ブドウの皮を剥くしあわせ

          ネコやこどものいる前で、大人の会話はご用心

          愛するペットやこどもの前で、つい「わかってないだろう」と思って大人な会話をしちゃうことってないですか?今日は、実はそういった会話は言語的な問題を超えて思っている以上に彼らに伝わっているというお話です。 今朝起きたら幼馴染から久しぶりにLINEが入っていて、何かと思えば数年ぶりに地元の夏祭りに行かないかという誘いでした。生まれ故郷の小さな村のお祭りですが、ちゃんと屋台も出てビールも飲めて、以前は小さな花火大会なんかもあったりして…成人してからもちょくちょく顔を出している素敵な

          ネコやこどものいる前で、大人の会話はご用心

          夫に惚れ直すきっかけをくれた大家さんの無茶振り

          それはちょうど七夕の日の夕方に起きた。 15 時を過ぎたころ、急に外が暗くなり始めたので洗濯物を取り込もうと外へ出ると、家の中からかすかに携帯の着信音が聞こえた。 慌てて音の出所を探して走る…しかし携帯電話を見つけた瞬間に呼び鈴は止まった。画面には、この家の管理会社の名前が映し出されている。 多分、この前頼んだ屋根の修理の件についてだろう。日取りが決まったのなら早く知りたいと思いかけ直すと、担当さんが出た。 「折り返しありがとうございます。先日の屋根の修理の件なのですが…実

          夫に惚れ直すきっかけをくれた大家さんの無茶振り

          プラネタリウムで言語造形〜宮沢賢治『なめとこ山の熊』〜

          言語造形という言葉を聞いたことはありますか?私はこの言葉を昨年初めて知りました。演劇とも朗読とも違うという言語造形。今日はその、言語造形をされている前田恭仁子さんの語りを聴いた体験を書き留めます。 ……… 演目は宮沢賢治の「なめとこ山の熊」。 会場はプラネタリウム。 満点の星空の下で目を閉じると、そこは鬱蒼と木の生い茂る北の山の中だった。 前田恭仁子さんの声で語られる「なめとこ山の熊」は、その語りが始まった時から前田恭仁子さんという個人を認識できないほど、彼女の声はその

          プラネタリウムで言語造形〜宮沢賢治『なめとこ山の熊』〜

          空より青い開放感

          明日ちょっとした発表があって 練習しないといけないのに お風呂あがりに思いっきり遊んで そのまま寝てしまった翌朝の やってしまった感とあきらめと 空より青い開放感

          空より青い開放感

          サヨナラ煙草。コンニチハ愛臭。

          ひーくんがついに煙草をやめた。 吸わなくなって2週間くらい経ったとき 帰宅した彼の いつもと違う匂いに気がついた。 なんとも言えない、大人の男性の香り。 小学5年生のとき出会って 二十歳で再会して それから今日まで10年もの間 毎朝毎晩ひーくんを嗅いできた 「大人になったんだね」 「そりゃもう、30ですから」 死ぬまで煙草を吸ってたら わたしは彼の本当の匂いを 知ることはなかったかもね サヨナラ煙草 コンニチハ愛臭 哀愁漂う齢になって それが加齢臭に変わっても ず

          サヨナラ煙草。コンニチハ愛臭。

          2023年は数秘術では7の年。『今の自分を知る』がテーマ

          ー「今の自分を知ること」が今年のテーマなんじゃないかな?必然的な気もするけど。 そう言われて我に返った。 私は今、とあるボイストレーニング教室の個室の中にいて、隣の部屋にいる先生の顔がモニターに映し出されている。 ーそう…かもしれません。…いや、そうです。その通りです。 こんなところでそんな核心を突いたような指摘を受けると思っていなかったので一瞬ぼーっとしてしまった。 ✂︎ーーーーーーーーーーーーーー 私は去年の6月からボイストレーニングに通っている。大学時代から「

          2023年は数秘術では7の年。『今の自分を知る』がテーマ

          制服ファーアウェイ

          急にこう、電車の中で制服の学生を見たときに 『あ、久しぶり』みたいな感じで 中学で離れ離れになった友達や 高校で離れ離れになった友達に もうこの路線で会うことはないんだって気がついて ちょっと胸がキュッとなる。 いつでも会えるんだよ、東京なんて。 新幹線で2時間だよ。 いつでも会えるんだよ、高知なんて。 車で6時間だよ。 わかってるけど、感じてしまう。 もう前とは違うんだってこと。 だからめいっぱいエールを送りたい。 制服の時代たのしんでね! 毎日友達と笑って笑って

          制服ファーアウェイ

          毎日必死に生きすぎている人へ

          この前お風呂に入りながらふと、「私はいつも必死に生きすぎているのかもしれない」と思いました。毎朝起きると、ゲームでいうラスボスを倒しに行くへっぽこ勇者のような戦慄を覚えます。仕事が休みの日でも、何かしなければならないと言う強迫観念みたいなものを感じていて、1番好きなのは月曜日。月曜日はまだまっさらだから好きなんです。逆に週末は少しブルーになります、今週何をしたんだろ…って考えてしまうからです。 『みんなでマラソンしてるとしたら、ゆうこちゃんはマラソンしながら高跳びしてるよね

          毎日必死に生きすぎている人へ

          1日に使える意志の量は決まっているらしい

          最近教育系の書籍を読むことがあり、そこに興味深いことが書いてあった。 「1日に使える意志の量は決まっている」 だから、子どもに毎日勉強させるためには『勉強するぞ!』と意志の力を使って意気込まなくても良いように、勉強を定着化させると良いという。例えば、毎日帰宅したら手を洗っておやつを食べるように、日々の生活ルーティンの中に勉強を組み込んで『当たり前の行為』にしてしまうと意志の力を使わなくてよくなるというのだ。 これはなるほどと思った。確かに『やるぞー!』と意志の力を使うと

          1日に使える意志の量は決まっているらしい

          性別のボーダーラインが薄いと、女の子も男の子も、どちらでもない自分も楽しめる

          私は物心ついた時からスカートやフリルがついた「The 女の子」なお洋服が苦手で、母が弟用に買ってきた服を横取りして着ていました。小学生の時のお気に入りはスポーツメーカーの半袖Tシャツ。いかにも女の子な自分の名前も気に入らず、当時好きだったアニメのキャラクター「シゲル」という名前を友達に呼ばせていた時期もありました。みんな『???』ってなってたけどちゃんと呼んでくれて、でもそれも気恥ずかしくて途中でやめてしまいました。 いつの頃からか家の中では一人称が「俺」になり、自分は長男

          性別のボーダーラインが薄いと、女の子も男の子も、どちらでもない自分も楽しめる