172日目 Cultural Experience

彼女の絵は、生きていた。

白い寝間着を来た少女が、こちらに背を向けてひざまずいている。
ひざまずいている方向には幼児用のベッドと大人用のベッドが並び、人は寝ているようには見えない。
黒と青が主に使われていることから、時間は夜であることが伺える。
ブロンド色の短い髪を結い、軽く俯いて両手を前に構えている小さな後ろ姿。恐らく、手を組んでいるのだろう。

少女の、儚げさ。孤独感。愛らしさ。

悲しい出来事があって祈っている少女を憂いている一枚にも見えるし、
澄み切った美しい心で何かを一生懸命祈る彼女の愛らしさを切り取った一枚にも見える。

絵にここまで吸い込まれたことは、今までなかったように思う。


「なんかこんなイベントに友達に誘われたんだけど、一緒に行かない?」
「行くー!!」

取り敢えず行ってみるスタンスをこの頃意識している私は二つ返事。
当日場所を調べて「デンマーク国立美術館」と出てきて初めて美術館に行くことを知った。
向かう先の電車の中で詳しく見てみると、年に7回、金曜日、美術館がテーマごとにイベントを開き、美術館を開放しているらしい。アルコールや食べ物の屋台が設置される、と書いてあって「国立美術館だよな?」と好奇心が疼く。

美術館の真ん前が駐輪場になっているのは、自転車大国デンマークならではである。この美術館昼間に見たら綺麗なんだろうなぁ今度もう一回来よう、と決心。こっちで出会った日本人の友達と足を踏み入れると…

一番最初に目に入ってきたのは大行列だった。
私たちのような若者から老人まで、あらゆる世代が期待に胸を膨らませた顔を並べ、賑わいを見せている。
30分程並び、後でデンマーク人の友達と合流するということで、私たちは特別展示室に入った。

1800年代後半から1900年代前半に活躍した、ANNA ANCHERというデンマーク人の画家の特別展示らしい。
なんの知識もないまま、「うんうん絵ね」と周り出した私の足を止めたのが、その一枚だった。

小さな背中。俯くブロンド髪。
青と黒の世界観の中で、少女の着る白が一際存在感を放つ。


説明を読むと、この少女のモデルはANNAの娘らしい。

見れば見るほど、娘を見るANNAの心境に吸い込まれそうになる。


切なさなのか、泣きたくなるような苦しさなのか…はたまた愛おしさなのか。


彼女の絵を見ていくと、「人々の何気ない日常の一瞬」が切り取られているものが多かった。


花を眺めながら髪を結ぶ若い女性
海辺に並ぶ小さな3つの面影
花畑に座る老女
スラスラと筆を走らせる細いドレスの後姿
おばあちゃんに裁縫を習う幼女

こっちに来てから美術館には度々足を運んできたが、
絵の背景にあるストーリーと、日常のその一瞬を切り取った画家の感性を、ここまでひしひしと感じたのは初めてだった。

後に合流したデンマーク人の友達が、ANNAについて教えてくれた。
彼女はデンマーク最北端の街Skagenに集まった画家「スケーエン派」の代表的な画家の1人らしいが、当時は「女性である」ということから注目されなかったという。

彼女について生き生きと語る同年代の友人は、とても素敵だった。スラスラと語れる教養と、ANNAの魅力を日本人の友人たちに知って欲しいという想いが、素敵だった。

172日目

10月には、Denmark Culture Nightというイベントに参加した。これは一晩、コペンハーゲン中で何十ものイベントが開催される一大行事だ。チケットを購入すれば全てのイベントに参加出来、交通費も無料になる。
私は友人と、普段は有料の博物館や、その日だけ開放される裁判所を訪れ、王立劇場ではバレエを鑑賞した。

学生であれば多くのミュージアムに無料で入れるし、学校の団体が主催してみんなで博物館に行くというものに参加したこともある。

【2月はね、Jazzの月なの!あちこちでJazzが無料で見られたり、披露されたりするんだけど、一緒に行かない?!私Jazz大好きで!!】

国立美術館の前。自分の自転車をやっとのこと発見したデンマーク人の友達が、お別れの時に満面の笑顔で誘ってくれた。

【ぜひ!行きたい!】


「文化」を楽しむデンマークのこの空気が、私はたまらなく好きだ。


感性と教養と歴史と、余裕。

文化に触れる度、感性が磨かれて、教養が身について、人生が豊かになる感じ。

また来ます、と心の中で呟いて、国立美術館を後にする。


毎日歩いている帰り道は、いつもよりも美しく見えた。