114日目

10時間図書館に籠もると、さすがに夜ご飯を作る気力が残っていなかった。レポートを書くのに、最近はずっと図書館。
私の学校の図書館は、週7日24時間営業だ。すごい。

にしてもインスタントのスープで片付けてしまったのが、なんか悔しい。
昨日は頑張ってミートソースを作ったのに!!

スマホを見ながら1人でスープを飲んでいると、

ガチャッ

ルームメイトの帰宅である。

【やっほー!】
【やっほ!!】

いつも通り、短い挨拶を交わす。

そうして2人とも小さな同じ部屋に居ながら自分の世界に入る。
それを肌で感じ取りながら、思った。

毎日雑談に華が咲いたり、一緒に旅行に行ったり、頻繁にご飯を食べにいくような、親友のような関係にはならなかったなあ。

恐らく一生に一度のハンガリーの女の子との生活を、おもしろおかしく楽しんでみようと思う。

そう決意してから、4か月弱。

素直に言おう、やっぱり、ある日突然出会った人と同じ部屋で暮らすというのは簡単ではなかった。
彼女がもうすぐ自国へ帰る今、改めてそう思う。

私も彼女も、それぞれに仲良くなる努力はしていた。
ただどんな組み合わせでだって、完全に我慢のないルームシェアなどないのだろう。誰とルームメイトになっても、きっとお互いに、何かは我慢しなければならない。

私の場合は、それがシンクに残されたお皿だったり、
深夜の帰宅だったり、
大きな声の長電話だったり、
彼女の機嫌が悪い時の気遣いだったり。

余談だが、彼女の毎日の長電話でハンガリー語が聞き分けられるようになった。ちょっと誇らしい。

彼女にも我慢していたところはあるはずだし、本当に嫌なことは共に伝えていた。だからきっとお互い様なのだ。

そして。
会話のテンポや、楽しい!キレイ!のタイミング、何を気にして、何を気にしないのか、といったちょっとした感覚が、深い関係を築くのにはかなり大切だということを、知った。


全部が全部同じ人なんていないし、違いがあっても深い仲になれることはたくさんある。
ただ私たちの場合は、その小さな違いが重なっていって、そこに共同生活という異様な環境が立ちはだかって、「ずれ」になった。

仲が悪いわけではない。ただこれが、私たちのルームシェア。


長かったこの共同生活も、後少しだ。実感ないけど。


しばらくしてスマホから顔を上げると、彼女の真っ赤な服と高いポニーテールが目に入ってきて、
ふとボールを投げてみることにした。

【もうすぐハンガリーに帰るのは、どう??寂しい?嬉しい?】

彼女はポニーテールを揺らしてうーん、と首を傾げる。

【どっちもかなぁ。片方の私は、すごく嬉しいって言ってる!!家族も彼氏もすごく恋しいし、会えるのが待ち遠しい。けど一方で、私コペンハーゲンの生活が大好きだったんだよね…街並みとか、雰囲気とか。それに、やっぱりこっちで出来たたくさんの友達と離れちゃうのは、すごく悲しい。嬉しいし、悲しいな】

ちょっと切なく笑うルームメイトを見て、彼女らしい感想だなぁと思う。

2人で狭いキッチンに並ぶ。

彼女は飲み物を入れて。私はお皿を洗って。

【あ、そうだ!あのさ、私が買った、ハンガリーに持って帰らない物が結構あるんだけどさ、来学期使わない??】
【え、ほんと?!】

留学生活=節約生活。
毎日毎日エクセルで支出額を眺めている私にとっては大変ありがたい話である。

【うん、全身鏡とか】
【まじかぁかなり助かる…けどタダで全部もらうわけにいかないから、少しはお支払いします!】
【おけおけ!えー色々あるよ!!このテーブルクロスとかぁ、キッチンペーパーとかぁ、スパイスとか!】

言いながら一生懸命色々と棚から出してくる彼女。
スパイスは私使えないかなぁぁぁと、笑ってしまう。

2つの笑顔が重なった時、急に、この生活が後2日で終わることが実感として押し寄せてきた。

後2日。
後、2日??


この時初めて、気づいた。
実感がなかったということはつまり、

私の人生の非日常は、気づかない間に日常になっていたらしい。


自分の中に沸き起こった感情を自分で受け止めて、苦笑した。

あぁ、私は一応、この生活がちょっとは恋しくなるかもってくらいには、おもしろおかしい4ヶ月を過ごせていたんだなぁ。


白米と大量のお砂糖とココナッツフレークとシナモンを混ぜてマンゴーを乗せた信じられない食べ物を2人で作ったことがある。これがまた美味しくて、でも作りすぎて寮の友達に配ったり。

私の誕生日には、机に小さなカードと可愛らしいお菓子が置いてあった。気づいた私をそっと隣の机から盗み見ている彼女を見て、あぁ手渡しはちょっと恥ずかしかったんだなあと可笑しくなったり。

彼女に肉じゃがをあげた時のことは忘れられない。まさに言葉通り、「のけぞって」、目をまんまるにして、【なんじゃこの美味しいのは?!】って感動している彼女の顔とリアクションに大笑いした。

毎日【Have a nice day】って声をかけあったり、
掃除チェック表に名前を入れたり、
その食べ物はなに?って覗き込んだり。


我慢はあったし、きついこともあったし、一人部屋に引っ越そうって思うくらいには、大変だったけど。


彼女と同じ部屋になれて良かった。


なぜかこの他愛のない会話の中で、初めてそう思えた。


彼女と同じ部屋になったのには、きっと、意味がある。


私たちは、そんなに仲のいいルームメイトにはなれなかった。
でも世界の真反対に暮らしていた学生が突然同じ部屋に住むことになったのは、お互いに学ぶべきことがあったからだ。

クラブが好きなハンガリー人と紅茶が好きな日本人の不思議な共同生活は、きっと2人の人生で、かけがえのない経験として残るのだろう。


人生の非日常。気づかない間に日常になっていた、4ヶ月。


明日、2人で最後に食事に行く。
私が誘ったところ、彼女は張り切って美味しいと有名なピザ屋さんを予約してくれた。
手紙でも書こうかなぁ彼女が居ない時に。

最後、素敵な食事になりますように。

114日目