就活生へ、弟より。

ここに、あるダイヤモンドがあります。
そのダイヤモンドは、ある時は蹴られるかもしれない。
転がっていったところで雨にあうかもしれない。
その後砂に埋もれてしまうかもしれない。

そう、砂に埋もれて、見えなくなってしまうかも。


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「お散歩!行くよ!」
既に私のオーラなんか空気なんかを察していたふわふわの妹は、目を輝かせてキャン!と鳴いた。
犬を散歩しているのか犬に散歩してもらっているのか分からなくなるわこりゃ。
犬の散歩だけが家を出る口実で、しかも毎日ではない。

起きてはパソコンに向かい、
「実現したいことと、なぜ実現のために当社を選んだのかを記述しなさい」
「人生で最も困難だったことと、それをどう乗り越えたのかを教えてください」
「あなたの性格を教えてください」
「就活の軸を教えてください」
という質問一つ一つに頭を悩ませる日々。書いて、消して、消して、書く。

ネコが描きたいのに、描いたらキツネになった。
もう一回、滑らかな曲線と長いしっぽ、上品なヒゲとつぶらな瞳を想像して描いたら、犬になった。
そんな感じ。
んで描いていく内に、私はほんとは猫じゃなくてキリンが描きたかったんだ、って気づくこともある。
でも、企業はキリンではなくてゾウを求めているのかも。
けどキリンが私の描きたいもので、
って、葛藤して、筆をとって、絵の具をとって。

その繰り返しも虚しく、連絡が来なかったら不合格の世界で、スマホはメールの受信を知らせてくれないこともある。
時計は自分の仕事を真面目に務めているだけなのに、そういう時の時計はとても非情に見える。
静かに日付が変わり、キリンと格闘した時間は無に終わったんだと心のさざ波が告げる。
いや、キリンと格闘したように見えて、本当は自分との格闘だ。


ただでさえストレスフルな就職活動。
そこに自粛生活が重なるのは中々にきつく、
犬に散歩してもらってるなぁと妹がしっぽをるんるん振って歩いているのを眺めて思った。
全国の犬にとっては自粛期間は最高の極みである。飼い主がずーっと一緒に家に居てくれるのだ。

「まぁ君が嬉しいならいっか。」

と静かに話しかける私をよそに、妹は進んでいく。


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別に、また時計の仕事を恨んだ訳じゃなかった。
ただ私はチューリップが描きたいのか、バラが描きたいのか、コスモスなのか、コスモスを描くのは正解なのか、コスモスってそもそもなんだっけ、
そもそも私が描きたいのは本当に花なのか、

急に分からなくなってきた。んで、

この葛藤ももしかしたらパーになるかもしれない、
パーじゃなくてグーになってもその後パーになるかもしれなくて、
でもグーになってグーになって最後までいくことを信じているのだけれど、

それがいつになるのかが全く分からん。

就活氷河期という逆風の中で自分と格闘し、外にもるんるんと出られなくなってから、約1か月。この文字が恐ろしく頭をよぎるのだ。


「私の未来は、どうなるんだろう」


元々精神的に「くる」タイプではあまりないのだけれど、
就職活動とコロナで私は久しぶりに、「きて」いた。


ちょっと涙がちょちょぎれたその日、家族4人でお鍋を囲んだ。
「普通平日に家族4人でお鍋をつつけることなんて滅多にないよね、これもこれで良い!」
「ショウガ鍋は身体がぽかぽかになるからね。」
母が気を遣ってかけてくれる言葉に明るく反応出来なくて、そんな余裕もなくなってるんだなぁとまた自分に落ち込んだ。

「また明日もES書かなきゃなぁぁ」
一通りつつき終わって鍋を保温設定にした頃、極力明るめにそう言った。すると、「うーん、大丈夫だよ」
就活とは全く縁のない弟が急に話し出して、両親も私も若干ギョッとする。
就活のことを知らない弟の宙に浮いたような励ましは、反感をもってしまうであろう私の自己嫌悪を増長する可能性があったし、両親はそれを恐れていた。

「ここに、あるダイヤモンドがあります。」

続けた弟に、母が場の空気を読んで

「さ、さぞかしいいことを言うんだろうなぁ!!」

と伏線を張った。後で回収するために。
弟は構わず、「明日晴れるらしいよ」みたいなテンションで続けた。


「そのダイヤモンドは、ある時は蹴られるかもしれない。
転がっていったところで雨にあうかもしれない。
その後砂に埋もれてしまうかもしれない。

けど、そのダイヤモンドの輝きは変わらないんだよ。
で、誰かが必ずそのダイヤモンドの美しさに気づいて、拾ってくれるの。」



飄々と語る明るさと、
就活を知らないなりに言葉を選んでくれた気遣いと、
姉をダイヤモンドの輝きに例えてくれた愛情と、
「絶対に拾ってくれる人が居る」という根拠のない確信。


1,2秒くらいの沈黙があって、

そこで初めて、泉から水が沸き上がるようなふつふつとしたエネルギーを身体の中に感じた。

あー。なんか弟に救われちゃったなぁと、私はその時思った。

「中々…いいこと言うじゃん」
伏線を回収したのは案の定母だったけれど、その回収は場の中和ではなく、本心だった。

しばらくして、格闘して描いたコスモスのESが通過したという連絡が来た。
今後もまだまだ続く、先の見えない時間。

その中で、

素直さに人は素直になれるんだということと、

やっぱり私は弟に頭が上がらんということを、実感した夜だった。