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本当は怖い?てぶくろのはなし 〜ウクライナ民話に込められた反戦の思い〜|『てぶくろ』を読んで

 ウクライナにロシアが侵攻して2年が経とうとしていますが、最近『てぶくろ』というこの絵本が再び注目を集めているのはご存知でしょうか?実はウクライナ民話がもとになっているからです。表紙にもタイトルの上にウクライナ民話とはっきり書いていますね。内容的にも楽しいユーモラスなお話しだと思っていましたが、実は平和への強いメッセージがあるとして時を超えて違う意味を持ってきている作品なのです。
 表紙だけを見ると、てぶくろに動物達がパンパンに入っていてほのぼのとしたお話しに見えますが、実は謎も多い物語です。なぜ動物は服を着ているのか、一匹だけ描かれない動物と気づかれない暴力。突然終わる物語、これらは一体どういうことなのでしょうか?


絵の上に「ウクライナ民話」と書いています。

動物達が洋服を着ている?


 まず動物が服をきているということ。これは、動物を擬人化することで様々な民族を表しています。極寒の森の中で、たくさんの動物達が一つの手袋の中にどんどん入っていくのは読んでいて本当に楽しいですよね。そこには、天敵どうしもいます。ウサギに対してオオカミや、クマなどもいます。熊やオオカミは絵本では悪役として描かれる事が多いのに仲間になる。食べてしまおうとはせず、みんなで一緒に手袋に入ります。つまり、この世界を極寒の森の中で生きていくための、民族どうしの助け合いを表しているのだと思います。

一匹だけ存在を忘れられている動物と、暴力


 これだけたくさん動物が出てくるのに、描かれていない動物が一匹だけいるのに気づきましたか?実は1ページ目におじいさんが登場する時なんですが、“犬”の存在が文章だけで書かれているんです。おじいさんはこんな寒い時に森の中でわざわざ犬の散歩をしていたんでしょうか?とてもそうは思えません。犬を連れて森を歩くというのはどういうことを想像しますか?それは“狩”です。雪深い森の奥まできておじいさんは何をやっているのかというと、狩をしにきているんです。おじいさんも絵では描かれていないので、想像するしかないですが、おそらくおじいさんは肩に銃を担いでいます。では、なぜ犬は描かれないのか?それは人間側で暴力と関係が深い動物だからです。よく映画やドラマで警察の犬なんて言い方もされますし、実際に警察犬は操作に使います。また、公民権運動やデモで民衆を制圧する時にも犬をけしかけたりします。警察ウサギや、警察猫はいないですもんね。
 つまり、いろいろな民族を象徴する動物達が協力して助け合っててぶくろのところへ、動物を狩ろうと銃という暴力を持ったおじいさんが来ているというお話しの構造なんです。そういう見方をすると怖いですよね。

なぜか突然終わる物語


 これが子どもの頃からなんだか違和感がありました。ここまでは楽しく読んでいたのに突然ブツっと終わってしまうからです。読後感がなんだか虚しいのです。せっかく楽しく仲間で住んでいたてぶくろを、そんなにあっけなく捨てて逃げるか?と思っていました。でも、おじいさんの本当の目的がわかると見えてくるものがあります。
 そもそも、なんでこんなにモヤッとするエンディングにしたんでしょう。優しいお話しにしたいのなら、おじいさんは手袋を取りに帰ってきて動物達が入っているのをみて、そっとしておきました。でいいいのです。でもそうじゃない。手袋を落としてうっかり者をイメージしますが、もしかしたらこのおじいさんは動物を狩ろうと目がギラギラしているかもしれない。そこで犬が手袋を見つけて吠えたてるわけです。つまり銃という暴力を持って動物達を狩ろうとしている人間に知らせているのです。そりゃ「てぶくろからはいだすと もりのあちこちににげていきました」(本文から引用)となりますよね。だって銃で狩られるかもしれないんですから。
 動物同士は民族の壁を超えて助け合っていますが、暴力が近づいてきたら戦わずに逃げるというのが当時の平和へのメッセージなのだと思います。戦いは何も生まないという思いが込めれられていると私は感じました。

 では、なぜこんな周りくどいことを絵本で描いたのかというと、出版された1947年は第二次世界大戦後直ぐでウクライナでも検閲が厳しかったからのようです。つまり検閲を通るために、反戦や平和のメッセージが直ぐには分からないような物語にしたのではないかと思われます。それから77年が経っても、ウクライナでは戦争が起きたくさんの被害が起きています。子ども達や、なんの罪もない人がたくさん亡くなっています。時を超えてこの『てぶくろ』の本当の反戦や平和のメッセージが届いてほしいと願っています。

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