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2404 幸せになってほしいと言われた

先週末、布団の枚数を減らした。季節の変わり目。

先日の記事で最近の米津玄師の軽やかさについて書いたら、本人も軽やかな曲と言っていたので嬉しくなった。彼が曲の雰囲気を正確に出せる故と言ってもよいが。

最近、地元の友達とよく遊ぶようになった。大好きな人たちだけど、会話の所々にいじる場面があり、嫌な気分とまではいかないがなんだかどう感じればいいかわからない。思えば中学のときも同じノリがあった。久しぶりに感じた気持ち、私はいつも快適な人間関係のもとに生きてきたんだなあとも思った。人に恵まれてきた部分もあり、うまくやっていく実力がついたとも言える。

いつも言っているが、私はすべてのことに苦しんでしまう。仕事、勉強、趣味、人間関係。楽しんで取り組んでいたはずのものが、いつの間にかできない、やらなきゃ、としんどくなってしまう。もっと気楽に、それこそ軽やかにできたらいいのに。でも根本的なところは変わらないんだろうな。

異動を周りの人が本当に惜しんでくれたという話を先日したが、こないだついに、父親くらいの年の上司から酒の席で「幸せになってほしい」と言われた。仕事面で期待してるよと言われるならともかく人生そのものについて祈られている…私は娘か???
たいへんありがたく、幸せにならなきゃなあと思い直すなどした。

だらだら飲むのが好きじゃない。昼から飲み始めて3軒も4軒もはしごするの何なん?職場の飲み会は好きだけど、あまりに行き過ぎて自分の交友関係能力のキャパを超えるくらい誘われるようになった。気が向かないときは断っている。ありがたいことだけどね。

一線を越えて仲良くなるのを避けるくせがあって、周りにもそれが伝わってしまっている。けど、自分の楽しいが保てる程度に仲良くしたい。これ以上親密になるのはちょっと、という線を越えると自分が無理をしてしまうから。
こうやって自分のパーソナルスペースの周りに高い高い壁を作るのはよくないってわかってるけど、自分の生きやすさを優先して生きてきた結果こうするのがベターだったんだよ。ジレンマ。

(久しぶりに日記書いたので長くなりました…)

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