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第4回 IPランドスケープとパテントマップは違うのか?|IPランドスケープ、知財情報分析・・・

本記事のオリジナルは2017年12月17日にブログ「e-Patent Blog | 知財情報コンサルタント・野崎篤志のブログ」に投稿したものになります。

知的財産研究教育財団の機関誌である「IPジャーナル」、12月号の特集はIPランドスケープでした。

この特集では以下の3つの論稿が取り上げられています。

  • 知財戦略とIPランドスケープ-小林 誠デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 シニアヴァイスプレジデント

    • 知財業界の中で、IPランドスケープという言葉に注目が集まっている。しかしながら、その内容については十分に理解されておらず、実務において活用できている企業は少ない。本稿では、IPランドスケープの実体について解説するとともに、海外企業の事例も踏まえながら、知財戦略におけるIPランドスケープの具体的な活用方法について紹介する。

  • IPランドスケープの概要と適用事例の紹介ー石井 琢哉正林国際特許商標事務所 顧問

    • 「IPランドスケープ」という知財分析手法が、経営戦略や事業戦略の立案に貢献する分析手法として注目されている。これまで正林国際特許商標事務所では、企業や投資機関等から依頼を受けてIPランドスケープを用いたコンサルティングを実施してきた。本稿では、IPランドスケープの概要を説明し、仮想事例を対象にしてその一部を紹介する。


  • ナブテスコの知財経営戦略におけるIPランドスケープの実践-菊地 修ナブテスコ株式会社 技術本部 知的財産部長

    • 企業が利益ある成長と事業競争力の向上を永続的に実現するためには、市場の動向や顧客のニーズを把握・分析し、これに基づき自社のコア価値の重要度や競争優位性を検証し、その獲得・強化を継続的に実行し続けることが事業経営の鍵となる。当社では、「IPランドスケープ」を活用し、グローバル市場の把握と分析を行い、自社のコア価値の獲得・強化に向けた知財経営戦略を策定・実行している。本稿では、2017年7月17日付け日本経済新聞で紹介されたM&Aでの活用例を含め、いかにIPランドスケープを実行し、その結果を企業経営や事業運営で活用するように知財経営戦略を展開しているかを紹介する。

4月に発表された知財人材スキル標準 ver2.0、7月中旬の日本経済新聞の記事などを経て、ある程度IPランドスケープに関する見方や受け止め方も出揃ってきた感じがします。

上記IPジャーナルの記事についての感想も交えながら、IPランドスケープについての私個人の今年のまとめをしておきたいと思います。

まず3つの特集記事の中で非常に参考になったのはナブテスコ菊池部長の記事です。

企業における知財情報調査・分析に対する取り組みが体系的に外部に公開されるケースは非常に少ないと感じていますので、記事は非常に参考になりました。また記事に掲載されている図表なども非常に参考になりました。

例外として旭化成のLDB・SDBに対する取り組みが挙げられます。
鶴見隆氏 「知的財産情報の重要性」(日経BP知財Awareness投稿論文)
鶴見隆氏 「戦略的知財管理と知財ポートフォリオの構築」(技術情報協会誌投稿論文)
中村栄氏 「特許情報の戦略的活用について~旭化成における戦略データベースの構築とその活用~
鶴見隆氏 「三位一体の特許情報活動 について

ナブテスコについては、企業ウェブサイトの知的財産戦略のページが非常に整理されていたので、セミナー資料等で取り上げていたのですが、改めて会社内の具体的な活動も含めて知ることができて良かったです。

デロイト・小林さんと正林・石井さんの記事についての直接の感想はここでは述べずに記事を読んで感じたこと、つまり

  • IPランドスケープとは?パテントマップとの違いは?

  • IPランドスケープで求められるアウトプット

の2点について個人的見解をまとめたいと思います(一部過去の記事とかぶるところもあろうかと思いますがご容赦ください)。

*以下は野崎篤志個人としての見解です。他の方の見解と異なる場合はあろうかと思いますが、あくまでも個人的見解であるという前提でご理解ください。

まず、IPランドスケープという単語の意味を確認すると、平成28年度特許庁産業財産権制度問題調査研究「企業の知財戦略の変化や産業構造変革等に適応した知財人材スキル標準のあり方に関する調査研究報告書」では

本報告書では IPランドスケープという用語が出てくるが、これはパテントマップとは異なり、自社、競合他社、市場の研究開発、経営戦略等の動向及び個別特許等の技術情報を含み、自社の市場ポジションについて現状の俯瞰・将来の展望等を示すものである。

と定義されています。また日本経済新聞ウェブサイトでは下記のように定義されています。

▼IPランドスケープ(IntellectualProperty Landscape=知財に関する環境と見通し) 近年、急速に欧米企業が使い始めた知財分析の手法と、同手法を生かした知財重視の経営戦略のこと

具体的には、知財部門が(1)経営陣のニーズを早い段階でつかむ(2)特許だけでなく競合企業や関連業界などのマーケティング情報を駆使した戦略報告書を作成(3)経営陣に提案、全社戦略に反映――というサイクルを繰り返す。目的は「自社の戦略、事業を成功に導く」ことにある。

これに対し、知財部門が実施している特許調査は「自社の製品やサービスが他社特許に抵触しないか」を調べるもので、目的は主に「事業の失敗を防ぐ」ことにある。

他にも、報告書「企業の知財戦略の変化や産業構造変革等に適応した知財人材スキル標準のあり方に関する調査研究報告書」から関連記載を抜粋すると、

IP の専門家としてのインプットの1つに IPランドスケープの提示がある。これは、市場にどのようなプレイヤーが存在しポジションを確保しているのかといった情報を含む。また、新技術について特に注目するものには特定の特許を3-6ヶ月くらい集中して特定の領域をウォッチするようなこともある。IP ランドスケープはマクロとミクロの双方で描く必要がある。

知財部門の重要な業務に IP ランドスケープがある。これは、特許や知財のマップだけではなく、事業化のタイミングやプロセスを同時に含む。

事業展開を支援するものとして IP ランドスケープ分析ツールを開発する外部企業と連携しているが、企業グループは依然として知財評価その他知財業務においてかなりの部分を知財部門に依存している。

個人的見解になりますが、この定義自体が混乱の発端であると思います。なぜ、混乱の発端かというと、

  • IPランドスケープは分析手法なのか、経営戦略(経営・事業における考え方)なのかが明確ではなく、文脈によって異なる

  • IPランドスケープというアウトプットがあるような印象を与える (もともとパテントマップ≒パテントランドスケープなので、当たり前の結果)

点が挙げられます。

今回の論考では 知財重視の経営・事業の考え方 というニュアンスで書かれていると思いますが、日本においても15年以上前から知財を経営戦略・事業戦略に組み込もうとする考え方はありました。

典型的な例が小泉元首相の時代に提唱された「経営戦略における三位一体」です。

小泉首相は2002年2月4日の「第154回国会における小泉内閣総理大臣施政方針演説」において、

我が国は、既に、特許権など世界有数の知的財産を有しています。研究活動や創造活動の成果を、知的財産として、戦略的に保護・活用し、我が国産業の国際競争力を強化することを国家の目標とします。このため、知的財産戦略会議を立ち上げ、必要な政策を強力に推進します。

と述べて、国として知財重視する方針を打ち出しました、いわゆる知財立国宣言です。その後の知的財産戦略大綱でも

(2)企業における戦略的な知的財産の活用
① 経営者の意識向上と戦略的な特許取得の活用
ア) 知的財産の経営戦略化
 企業自らが、知的財産を自社の競争力の源泉として経営戦略の中に位置づけ、それを事業活動に組み入れることにより、収益性と企業価値の最大化を図るとともに、それに併せた知的財産のグローバルな戦略的取得・管理を行うための戦略的なプログラムを策定できるよう、企業の実態を踏まえつつ2002年度中に参考となるべき指針を策定する。(経済産業省)

とあります。また2000年代前半に活発に議論されていた知的財産情報開示指針においても、

ミクロベースで見ると、90年代では研究開発の効率性が企業の収益性と相関関係を持つようになり、その収益への影響力が大きくなっていることが明らかになった。これは、企業の収益性を左右する要因として知的財産の重要性が高まっていることを示している。実際に、米国等の優良企業の多くや、90年代以降の低迷する経済情勢の中で高い収益を上げている我が国企業の多くが、知的財産を重視した知財経営を実践していることが明らかになっている。

との問題意識を提示しており、欧米に限らず、高収益企業では知財を重視した知財経営を実践していたことが伺えます。それでは、このような知財重視の姿勢や、知財を経営戦略、事業戦略等へ積極的に取り入れようという動きは90年代からなのか?というとそうではありません。経営戦略や事業戦略やマーケティング戦略に知財情報を活用していこうという動き自体は下記のように1970年代からありました(一部のみを抜粋)。

経営戦略に特許情報活用(ドクメンテーション研究 32(4), 220, 1982)
特許情報の戦略的活用(情報の科学と技術 43(8), 690-700, 1993)
特許情報による販路開拓、販売力強化 (企業診断 49(3), 38-42, 2002-03)

長くなったので、ここまででいったんまとめると、

知財重視の経営のトレンド自体は新しい動きではない

と言えます。それではIPランドスケープは分析手法なのか?というと、「”分析手法”ではなく”考え方”である」というのが今回の論考や最近の論稿などのトレンドになっています。とはいえ、上述の報告書内である企業のヒアリング結果として

IP ランドスケープ分析ツールを開発する外部企業と連携

との記載があるように、分析手法・分析ツールと紐づけて語られています。

これは過去のブログ記事でも書いてきたとおり、国内ではパテントマップ・特許マップ(patent map)というが、海外ではパテントマップ・特許マップとは呼ばずパテントランドスケープ、知財ランドスケープ(patent landscape, IP landscape)と呼ぶからです。国内ではマップツールやパテントマップ作成ツールなどと呼びますが、海外ではあまりパテントマップとは呼ばないので、ランドスケープツールやランドスケープソフトウェア、または可視化ツール(visualization tool)などを呼ぶことが多い印象があります。

また、今回の記事を読んで、

  • パテントマップとIPランドスケープの違い

  • 従来型の調査とIPランドスケープの違い

について、Apple to Appleの比較ではなく、非常に強引なこじつけで比較をしているように感じ、非常に残念かつ誤解を招くなと思いました。まず、IPランドスケープというのが新しいというのを打ち出したいために、パテントマップは古い、従来型調査は古い・攻めではない、としているところが誤解に基づいていると感じました。

まずパテントマップ自体

  • パテントマップとは、特許情報を調査・整理・分析して可視化したもの

というのが私の定義です(私の定義と言っても20年以上前の論考などいろいろと集めて最大公約数的に出した定義ですので、私オリジナルというよりは先人の方の意見を取りまとめたといった方が正解です)。あくまでもパテントマップは何らかの目的を実現するための手段です。目的というのは分析・解析の目的であって、私は以下のように分けて説明しています(出所:特許情報分析とパテントマップ作成入門 改訂版)。

デロイト・小林さんの記事の図2「パテントマップとIPランドスケープの違い」というチャートが掲載されていますが、パテントマップの活用場面として

  • 特許性調査

  • 無効調査

  • 侵害調査

  • 動向調査

  • SDI調査

が挙げられており、それに対してIPランドスケープの活用場面は

  • 新規事業開発、新規用途開発検討

  • 事業戦略上のオープン&クローズ検討

  • マーケティング戦略上の知財ミックス検討

  • サプライヤー・カスタマー候補探索

  • M&A・アライアンス候補探索

  • 知財デューデリジェンス・知財価値評価

とあります。私はこのIPランドスケープの活用場面で利用する1つがパテントマップであるという認識でしたので、こちらのチャートを見たときに、「こういう捉え方をしていたから腑に落ちなかったのか」と心のモヤモヤが多少取れました。納得しているというよりも、どういう考え方・ロジックでこういう主張をしているのかが分かったので得心した、と言った方が良いでしょうか。

ちなみに正林・石井さんの記事にも図1でIPランドスケープの概念図ということで、従来型の特許調査とIPランドスケープを比較されていますが、私個人としてはこのような分け方をしていたので、違和感を感じました。

とはいえ、IPランドスケープの活用場面として挙げられているような取り組み(=具体的な企業での取り組みはなかなか上げにくいので、研究論文や論考等)が過去からなされていたと示した方がより説得力は増すと思いますので、ざっと調べた範囲ですが以下に示します(ざっとCiNiiやGoogle等で調べましたので、ちゃんと全文を読んでいない論文も含まれる点、ご了承ください)。

  • 新規事業開発、新規用途開発検討

    • 風間武彦, 知的資産で新規事業 -「特許による技術移転」の 現状- (高分子 49(4), 235, 2000-04-01)

    • 増山博昭, 知的財産戦略経営と新規事業創出 (技術と経済 (461), 12-27, 2005-07)

    • 集会報告 インフォ・スペシャリスト交流会 第76回研究会 「イノベーションへの気づき,新規事業の意志決定につながる技術・知財情報の分析」 (情報管理 58(12), 940-941, 2016)

  • 事業戦略上のオープン&クローズ検討

    • 立本博文ほか, 技術の収益化のための国際標準化とコア技術管理 (日本知財学会誌 5(2), 4-11, 2008)

    • 岩本隆ほか, オープン・クローズド設計による三位一体(事業戦略・技術戦略・知財戦略)の戦略論 (研究・イノベーション学会 年次学術大会講演要旨集 29, 909-912, 2014-10-18)

  • マーケティング戦略上の知財ミックス検討 (以下は知財ミックス検討までは触れていない)

    • 楠浦崇央, 知的財産マネジメント(31)特許情報を用いた技術マーケティング (テクノロジーマネジメント : 技術経営 (2), 28-39, 2008)

    • 楠浦崇央, 特許情報分析による技術マーケティング法のご紹介 (研究開発リーダー 5(10), 25-29, 2009-01)

  • サプライヤー・カスタマー候補探索

    • 和泉守計, 商品企画・開発への特許情報の活用 (情報の科学と技術 60(8), 313-318, 2010)

    • 平尾啓ほか, 商品開発の方向性提案に資する分析:— お客様の声と特許情報を融合し商品開発に活かす — (情報プロフェッショナルシンポジウム予稿集 2013(0), 93-97, 2013)

    • 赤染陽子ほか, 「経営サイドに歓迎されるマップ作成手法の提言 (情報プロフェッショナルシンポジウム予稿集 2014(0), 85-89, 2014)

  • M&A・アライアンス候補探索

    • 淵邊善彦, M&Aによる知的財産取得の実務 (ビジネス法務 3(11), 18-22, 2003-11)

    • 太細博利ほか, 中国特許情報を基に、提携先選定方法の提案:—5 年後中国において、太陽電池モジュールを製造するとして、どの企業と提携するのが良いか— (情報プロフェッショナルシンポジウム予稿集 2011(0), 19-23, 2011)

  • 知財デューデリジェンス・知財価値評価

    • 武富為嗣ほか, 知的財産価値の評価と投下資金の回収方法 (研究開発マネジメント 7(2), 32-42, 1997-02)

    • オムロン 社長直轄の組織で社内の全特許を評価、値付けする(週刊ダイヤモンド 91(2), 102, 2003)

    • 鮫島正洋, 実務記事 事例に学ぶ M&Aの特許デュー・ディリジェンス (ビジネス法務 6(6), 114-121, 2006-06)

2002年に日本技術貿易・IP総研に入社して知財情報調査・分析に従事して15年ほど経過しましたが、知財重視という流れは、特に知財情報調査・分析界隈では、下記の3つの大きなトレンドがあったかと思います。

  • 2000年代前半:三位一体の経営戦略

  • 2000年代後半:経営に資する知的財産

  • 2017年:IPランドスケープ

上述の通り、三位一体の経営戦略は小泉首相の施政方針演説をきっかけに盛り上がった流れでした。それが根付いたかというと、知財管理誌で下記のような論稿が出ているようになかなかうまくいっていないのが実情だと思います。

  • 知財活動チームを母体とした新たな三位一体の知財活動の提唱について-著者:百瀬 隆

    • 抄録:2003年頃から事業戦略、研究開発戦略、知的財産戦略の三位一体の知財活動が提唱され始めたが、12年以上経た現在でも三位一体の知財活動が実現できている企業は極めて少ない。本稿では、三位一体の知財活動の実現を阻むボトルネックについて触れるとともに、それらを解消するために三位一体の知財活動をデザインする上でどのようなコンセプトが必要になるかについて述べた。そして、現在当社で進めている知財活動チームを母体とした三位一体の知財活動を、実現可能な三位一体の知財活動のモデルの一つとして提唱した。尚、当社の三位一体の知財活動についてはその一部を既に紹介しているが、知財活動チームとして三位一体活動を全社展開する前の紹介であり、本稿ではその後の展開を含めた内容となっている。

    • 出所:知財管理, 65巻(2015年) / 12号 / 1660頁

経営戦略や事業戦略に対して知財も積極的に貢献していきましょう、経営陣・事業部門も知財を重視していきましょう、ということ自体は非常に良いことだと思います。

あらゆる会社に通じるような魔法の経営手法がないように、知財戦略の在り方も会社によってそれぞれです。IPランドスケープという表現であろうが、経営戦略の三位一体であろうが、経営に資する知的財産でもいずれでも良いのですが、15年ほど前からずっと変わらない知財層からこのような問題意識の発信を行うのではなく、ぜひとも経営層や事業部門層の方々と双発的に議論ができる(=知財をどのように経営・知財で活かしていけば良いのか?)場ができる、または経営層・事業部門層の方から知財の方への理解を深めていただき、積極的に働きかけてくれるようになることを祈っています。

私自身も知財情報分析をベースとした知財情報コンサルティング活動を通じて、このような土壌づくりに引き続き励んでいきたいと思います。

(再掲)野崎篤志個人としての見解です。他の方の見解と異なる場合はあろうかと思いますが、あくまでも個人的見解であるという前提でご了解ください。

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