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救急医が本気で社会福祉をやってみた|石上 雄一郎先生(飯塚病院 連携医療・緩和ケア科)

『救急医×社会福祉』
このかけ合わせにピンとこない方も多いかもしれません。今回の講義は、救急医でありながら社会福祉士の資格を取得し、臨床現場に活かしている石上先生のお話です。

「なぜ救急医が社会福祉なのか?」それは、患者さんが心身共に健康であるためには、ケガや病気を治療するだけでは立ち行かない事情があり、時として社会福祉的なアプローチをする必要性があるためです。今回は『社会的入院』をメインテーマに、社会福祉士としての知見がいかに患者さんのケアに役立つかをお話いただきました。

【講師】石上 雄一郎先生
兵庫県出身 滋賀医大卒業。飯塚病院 連携医療・緩和ケア科
救急専門医 兼 社会福祉士
救急だけでは解決できないことをなんとかするのが夢
趣味はディズニーランドへ行くこと

社会福祉士を通して、患者のクオリティ・オブ・ライフ向上を支援する

まず社会福祉士とは何か?について簡単にご説明します。社会福祉士は、身体・精神上に障害のある方、または環境要因によって日常生活に支障がある方などを対象に、助言や指導、福祉サービスなどを提供するお仕事です。

【社会福祉士の定義】
専門的知識及び技術を持って
・福祉に関する相談に応じて、助言・指導・福祉サービスを提供する
・医師やそのほかの保健医療サービスを提供する
・関係者との連絡および調整や援助をおこなう

この社会福祉士は、日本だけでなく全世界的なグローバル定義があります。いわゆるソーシャルワークと呼ばれるものですが、その定義は以下の通りです。

【ソーシャルワークの定義】
・社会変革・社会開発・社会的結束・人々のエンパワメントと開放を促進する、実践に基づいた専門職であり学問
・生活課題に取り組みウェルビーイングを高めるよう、人々やさまざまな構造に働きかける(引用:2014メルボルンIFSW)

院内では「相談員」と表現されることも多いですが、社会福祉士は全ソーシャルワーカーの中で約20%ほど存在します。業務内容としては、療養患者の心理的社会的問題の解決・援助で、具体的には退院援助や社会復帰援助、受診・受領援助や経済的問題解決・調整援助、ボランティアという形で地域活動に携わることもあります。

つまり社会福祉士は、患者を支援しながら本人と社会資源(制度)をつなげ、生活の回復や社会復帰を進めQOL(クオリティ・オブ・ライフ)をあげることを目的に活動をしています。

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「どんな患者も、どんな病気でも、どんな時でも」救急外来は現代の駆け込み寺

では「なぜ救急医が社会福祉なのか?」という冒頭の問いに戻ります。

石上先生が勤務する救急外来は、院内組織において「現代の駆け込み寺」のような役割を担っている部分があります。救急医は基本姿勢として『Anyone,Anything,Anytime』が大切だと言われています。これは「どんな患者も、どんな病気でも、どんな時でも」という意味で、いかなる患者さんもまずは受け入れ、治療をすることが救急外来の役割でもあるのです。

そのため、救急外来には常にさまざまな問題を抱えた患者さんがいらっしゃいます。石上先生は彼らの治療をしていく中で、救急の知識だけでは根本解決に至らず、ソーシャルワーク支援が必要な状況かを評価しなければならないと感じたそうです。例えば、以下のような環境が理由でそもそも病院に来られない患者さんも多くいらっしゃいます。

【環境が理由で病院に来れない患者さんの例】
・病院に連れてこれる人がいない
・病院にかかるお金がない
・支援の窓口がわからない
・本人が受診を拒否(依存、引きこもり)
・どうしたらいいかわからない
・虐待が怖くてSOSを出せない など

このような事情を抱える方々にとって、病院に来ることではじめて社会と繋がれる場合もあります。彼らが普通の日常生活を送れるよう、病気やケガの治療だけでなくいかに社会的な支援が出来るか?これを意識することが重要だと述べられています。

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多くの医師が経験している「社会的入院」

それでは本講義のメインテーマ「社会的入院」のお話に移ります。「社会的入院」とは、必ずしも治療や退院を目指さない長期入院のことを指し、全入院の7.5%~16.4%と言われています。社会的入院にいたる患者さんの背景はさまざまですが、前述で述べた環境要因で入院が長期化しているケースもあります。

なお、事前にアンタ―会員に行ったアンケート調査『救急外来における社会的入院』(回答者数13名)によると、以下の結果が出ました。

Q1 救急外来で社会的入院を経験したことがありますか?
 はい・・・12名
 いいえ・・・1名
Q2. 救急外来での社会的入院は何が最も問題であると思いますか?
 家族側の要因・・・8名
    病院側の要因・・・2名
 患者側の要因・・・2名

ほとんどの医師が社会的入院の患者さんの対応をした経験があり、その要因は患者家族側にあるとしていることがわかりました。

この社会的入院は、じつは今までの歴史や社会システムによって生み出されたとする説があります。では実際のところはどうなのでしょうか?次の章では、社会的入院の歴史から振り返り問題点を考察していきます。

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社会的入院は医療制度の歴史の歪み

1973年に老人医療費無料化政策が施行され、高齢者の医療費が無料となった時期がありました。これにより「何かあったらとりあえず入院」という高齢者が増えました。1983年に有料化となったものの、高齢化が加速したことで高齢者向けの病院が建設ラッシュを迎えます。こうして全国各地に療養型病床が創設されたのです。その結果、本来治療のための病院にもかかわらず、薬漬け・検査漬け医療が助長され、社会的入院を余儀なくされる患者さんが増えてしまいました。

社会的入院でよくあるケースとして、患者本人・家族は自宅よりも病院施設のほうが安心できて楽なので入院を望み、病院側は退院調整の意識の低さや診療報酬による誘導(ベッドを埋めたほうが儲かる)などを理由に入院を長期化させてしまうことです。

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では、こうした社会的入院に対して現場は一体どうすればよいのでしょうか?それは、社会的入院のメリット・デメリットをきちんと整理して、それぞれを天秤にかけ総合的に判断することです。

(例)【社会的入院のメリット】
・患者家族の満足度が上がる
・社会資源の調整が短時間で可能
・再発や憎悪を予防できる など
(例)【社会的入院のデメリット】
・入院することで35%の患者がADL低下する
・院内感染症のリスクがある
・家族の受け入れ拒否 など

(>>動画では具体例を用いて説明しています。)

このように相対的な比較検討して、入院させることが患者家族にとってよりベストな場合であれば入院に向けて準備を進めましょう。

患者さんを入院させる際には、入院担当医と上手くコミュニケーションをとることも重要です。まずは、担当医が納得しやすいように毅然とした態度で入院の必要性を明確に伝えます。また事前に面倒なことはなるべく対処し、その上で入院後に想定されることや見通しを出来る限り具体的に説明しましょう。こうすることで、その患者にとっていかに入院が必要であるかを担当医に納得してもらうことが大切です。

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メゾ・マクロな視点で医療を見据え、CureとCareの同時進行を

石上先生は、社会福祉士になって良かった点としてより広い視野で医療を見れるようになったことだと述べています。例えば、社会福祉の歴史や制度に関する知識を応用して、より最適な制度を案内したり、お金に関する一部アドバイスもできます。また、社会福祉士が医師と付き合う上での苦悩や、社会資源に対する調整ポイントに対する理解も深まったそうです。

最後に、救急医は病院外のことに関してブラックボックスになりがちであるとしたうえで、救急医こそ病院の外(社会資源)に目を向け、多職種チームで患者さんの周辺環境の解決に取り組むべきだと述べています。
そして令和の医師は、CureとCareを同時に行うことで、患者さんの社会的支援の必要性も念頭に置きながらが医療を提供していくことが大切だとしています。

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【Antaa Channel】
本記事は、2021年10月20日にAntaa Channelで配信された動画「救急医が本気で社会福祉をやってみた 。"社会的入院"をとことん考える」をまとめたものです。Antaa Channelでは、現役医師が教える”明日から医療の現場に役立つ解説動画”を配信しており、22年4月現在で300本以上の動画を視聴することができます。 >>登録はこちら