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ウィルバー理論解題(その3):ビッグ・ピクチャー

今回は、ケン・ウィルバーの「インテグラル理論」に関する、おそらくもっとも短い要約になっている。ウィルバー理論について15分で学びたい、という人にはうってつけの記事だ。

■ウィルバー理論を一言で言うなら・・・

ケン・ウィルバーという稀代の哲学者・思想家がやろうとしている(やった)ことを、一言で言うとどうなるだろう。
まず、もっとも広い意味で言うなら、「永遠の統合学」の確立ということではないかと思う。
もちろん、私はこの言葉をオルダス・ハクスリーの「永遠の哲学」のもじりとして使っている。ハクスリーが形而上学、心理学、倫理学、そして宗教学などの分野において、究極のリアリティを追究したとするなら、ウィルバーはもっと広範囲に、人文科学だけでなく、自然科学も含めるかたちで、もっと体系的・統合的に、もっと実践的にそれをやろうとしている(し終えた?)。
もう少し狭い意味で言えば、「トランス・モダニズム」(超近代思想)という言い方になるだろうか。
もちろん、私はこの言葉を「ポスト・モダニズム」(後近代思想)のもじりとして使っている。「ポスト・モダニズム」が「脱構築」というコンセプトにおいて「脱・近代」(あるいは「反・近代」)だったとするなら、ウィルバーは常に「超・近代」(モダニズムを含んで超える)を考えている。この「ポスト・モダニズム」を「トランス・モダニズム」へと「進化」させるのにウィルバーが用いている方法論を一言で言うなら、「フラット(平坦)化されたものに再び構造(高さと深さ)をもたらす」というものだろう。

この世の森羅万象を「統合学」という具合いに学問的に統合するにあたり、あるいは近代思想を超越するにあたり、ウィルバーがまず全体を結び合わせる接着剤あるいは数珠の穴に通す糸として持ってきたのは「ホロン」という概念であることは前回も述べた。
この「ホロン」という概念を共通項として、ウィルバーは様々な近代以後の学問的研究成果を寄せ集めて、このコスモス(Kosmos)の様々な側面(顔)を、地図として描いてみせる。ウィルバーは、こうした地図の総体を「ビッグ・ピクチャー」と呼んでいる。もちろん、こうした様々な地図は、個々ばらばらなものではなく、互いに有機的に結ばれていて、全体としての地図になっているからだ。

ウィルバーは常に全体を視野に入れながら部分を見ようとする。「還元論」にならないためだ。「還元論」とは、たとえて言うなら「群盲象を撫でる」の類である。「象」という、別の何かに還元できない総体を見たとき、ある者は尻尾だけを撫でて「象とは鞭のようなものだ」と言い、ある者は鼻だけを撫でて「象とは太いホースのようなものだ」と言い、ある者は耳だけを撫でて「象とは大きな団扇のようなものだ」と言っているに等しい。

こうした「還元論」の一例を示そう。
ウィルバーは「インテグラル心理学」(日本能率協会マネジメントセンター)の中で、心理学の分野での還元論について、次のように述べている。

『行動主義は、意識を観察可能な行動として表れる内容だけに還元したことで悪名が高い。精神分析は、意識を自我とイドの問題へと還元した。実存主義は、意識を個人の心理と内面的な態度へと還元した。トランスパーソナル心理学の多くの学派も、変性意識状態だけに焦点を当てており、意識の構造的な発達についての首尾一貫した理論を持っていない。
東洋の心理学の多くも、個的な意識から超-個的な意識への発達については素晴らしい説明を与えてくれるが、もっと初期の発達、すなわち、前-個的な意識から個的な意識までの発達については、極めて不十分な見解しかもっていない。
認知科学も、この分野に経験論的な科学の手法を持ち込んだことは見事であるが、結局は、意識を客観的な側面だけに還元してしまうことが多い。意識をニューロンの働きや、コンピュータと似たような機能の面だけから捉えて、意識そのものがつくる生活世界を破壊してしまうのである。』

「インテグラル心理学」より

つまり、「人間の心理(意識)とは何か」というテーマに限っても、皆が寄ってたかって「象」の「部分」を撫でては、「これこそが象の全体像である」と主張しているわけである。
これらの主張は間違ってはいないが、あくまで「象」の「部分」にすぎない。「象とは、確かに鞭のようでもあり、ホースのようでもあり、団扇のようでもある。で、結局象とは?」
これがウィルバーのそもそものテーゼである。
ウィルバーは「還元論」を克服するというかたちで、「ポスト・モダニズム」から「トランス・モダニズム」へと思想を進化させたと言っても過言ではないだろう。

■宗教と科学の統合

今回はとりあえず、この「ビッグ・ピクチャー」の全貌をご紹介しておこう。
ウィルバーが提示しているビッグ・ピクチャーとして、まず第一に挙げられるのは、近年の宗教学の成果である「存在の大いなる入れ子(あるいは連鎖)」という地図だ。
キリスト教、仏教、ヒンズー教、ユダヤ教、イスラム教などの世界宗教およびその密教の教えには、本質的に共通する部分があり、それが伝統的な宗教的叡智を構成している、というわけだ。ウィルバーがこの地図を持ち出したのは、科学と宗教を統合する第一歩とするためである。

次にウィルバーが提示している地図は「4象限」という地図だ。この世の森羅万象を4つの象限(コーナー)に分けるなら、右上象限(個の外面)、右下象限(集団の外面)、左上象限(個の内面)、左下象限(集団の内面)に分かれる、というわけだ。確かに言われてみれば、この世のあらゆる現象は、この4つの象限のいずれかに分類される。この4象限からあぶれる現象はない。そういう意味で、この4象限のカテゴライズは、極めてシンプルで普遍的である。ただ、気をつけていただきたいのは、これらはひとつの現象の複数の側面を表しているのであって、個々バラバラに現れる現象を表しているのではない、ということだ。
そしてウィルバーは、この「存在の大いなる入れ子(連鎖)」と「4象限」の二つの異なる地図を重ね合わせることにより、科学と宗教を統合する基本的なコンセプトとしている。

下図をご覧いただこう。
左端の図が「存在の大いなる入れ子(連鎖)」を表している。内側の円が下位概念で、外側が上位概念になるが、上位概念は下位概念を「含んで超えて」いる。つまり全体としてホロン構造になっているわけだ。これは、マトリョーシカ人形の構造にもたとえることができる。つまり「入れ子」構造である。
真ん中の図が4象限のカテゴライズを表し、それぞれの象限に該当する学問分野を割り振っている。この4つの区分を比べていただければ、どの区分も他の区分に還元できないことがお分かりいただけるだろう。ところが、「ポスト・モダニズム」における「還元論」とは、ごく簡単に言うなら、左側の二つの象限を、右側の二つの象限へと畳み込んでしまうかたちの還元論になっている。これをウィルバーは「微妙な還元論」と呼び、この還元論によって左側二つの象限を失うことで「深さと高さ」を失った右側だけの世界を「フラットランド」と呼んでいる。
右端の図は、「存在の大いなる入れ子(連鎖)」の5段階の階層を「身体(感覚)」「心」「霊」の3層に単純化したものと、4象限をさらに3つの区分に単純化したものとを重ね合わせた図である。
ウィルバーは、4象限の右上(それ)と右下(それら)をひとつにまとめ、それに左上と左下を加えて、この3つの区分を「ビッグ・スリー」と呼んでいる。
この「ビッグ・スリー」に、3段階に単純化された宗教学上のホロン構造を重ね合わせるなら、3つの区分のそれぞれに3つの階層構造(深さと高さ)が与えられることになり、その合計9つの領域に、新たにカテゴライズされた学問領域を当てはめることができるわけだ。
こうしてウィルバーは、宗教と科学を統合する地図を描いてみせた。

ここで「象とは何か」という基本テーゼに戻るなら、まず第一に「象とは4象限ホロンである」となるわけだ。これに関して同意しない科学者はいないはずなのだ。もしこれに同意するなら、ポスト・モダニズムによってフラットランドにされてしまったこの現象世界に、ホロン型の階層構造(深さと高さ)を認めざるを得なくなる。つまりウィルバーは、宗教と科学を統合する「ロードマップ」を示すことで、「ポスト・モダニズム」を「トランス・モダニズム」へと転換させたことにもなる。

宗教と科学の統合

■意識進化のホラーキー

さて、次にウィルバーが持ち出すのは、近年目覚ましい成果を挙げている発達心理学、進化論的心理学、フェミニズムなどの分野によってもたらされた人間の意識の成長・発達(進化)の地図である。
ウィルバーは、この分野の研究者が提示している何十何百という個別のモデルをつぶさに検討し、その共通項を洗い出して、「マスター・テンプレート」を作っている。
さらにその上に積み重ねるかたちで、トランスパーソナル心理学や神秘主義などの考え方を導入し、「超・近代」的な人間の意識学上の新たな可能性を示唆している。
つまり、ここに至って基本テーゼは「象とは何か」から「人間とは何か」へと転換されたことになる。

下図の上段部分をご覧いただこう。
まず左端の8段階に色分けされた同心円の図は、数ある発達心理学のモデルのひとつである「スパイラル・ダイナミクス」を表している。ウィルバーは、このモデルを意識発達に関する「もっとも洗練されたモデル」と称し、複数の著書で何度も引き合いに出している。この図も「存在の大いなる入れ子」と同じように、外側の円が内側の円を「含んで超えて」いることを表している。
こうした上位構造と下位構造の関係性が同心円ではわかりづらいため、コマのような形状で表現し直したのが真ん中の図である。これもマトリョーシカと同じく、上位の構造になるほど、下位構造を内側に包含して、さらにプラスアルファの大きな構造体へと進化する様子を表している。これは、人間の意識の構造が、たとえば、ひとつの「細胞」というホロンが原子というホロンを内側に包含し、さらに原子には現れない有機体としての構造(メカニズム)を付加することで、原子を「超えて」いるのと同じ現象として現れることを物語っている。こうしたホロン型の階層構造を「ホラーキー」と言う。

今度は同じ図の下段部分をご覧いただこう。
左側の図は、「スパイラル・ダイナミクス」を高層ビルにたとえた図である。この図では、「上位が下位を含んで超えている」という様子はわかりづらくなるが、その代わり人間の意識が下から順番に積み重なっていくものである、という様子はわかりやすくなるだろう。実際、人間の意識は古代から現代に至るまで、下位構造から順番に年月をかけて積み重なってきたものである、という点をウィルバーは指摘している。このような事情をウィルバーは、意識進化の「考古学的堆積」と呼んでいる。右の図はその事情を表している。

意識進化のホラーキー

■意識進化の「レベル」と「ライン」

まだ終わりではない。
下図をご覧いただこう。
ウィルバーは、発達心理学のモデルに、「多重知能」という地図も重ね合わせる。人間の意識の成長・発達を登山にたとえるなら、頂上を目指すその登山ルートは、単一のルートではなく、幾本もの異なるルートが、互いに関連し合いながらもそれぞれのやり方で同時に働いているという。そういう意味で、人間の知能は多重的である、というわけだ(左端の図)。
そこで、同時に働く複数の登山ルートの「現時点での高度」を比較する、いわば発達の「成績表」とも言える「サイコグラフ」を提示している(真ん中の図)。
ウィルバーは意識発達の「高度」を意識の「レベル」と呼び、登山ルートを「ライン」と呼んでいる。サイコグラフにおいて、縦の目盛りが「レベル」を表し、横方向のそれぞれの棒グラフが「ライン」を表す。この「レベル」と「ライン」の関係を同心円の図に置き換えたのが右端の図である。

意識進化のレベルとライン


なお、「スパイラル・ダイナミクス」を表す縦方向の目盛りの色がグラデーションになっているのは、意識の成長・発達というものが直線的な動きではなく、螺旋を描いたり、横に移動したり、波のように揺れて上下に動いたり、という具合いに不規則な動き方をすることを表している。

■宗教と心理学の統合

ウィルバーはさらに、人間の意識の成長・発達に大きく関与する(と思われる)もうひとつの地図として、意識の状態(ステート)を表す階層構造を持ってくる。これは、主に宗教的な(あるいはシャーマニズムの)叡智の中で瞑想法として体系化された地図で、大きく4つ(ないし5つ)の段階に分かれたものだ。これもホロン型の階層構造だという。
そしてさらにウィルバーは、意識の発達段階(レベル)を垂直方向の目盛りとし、意識の状態(ステート)を表す地図を水平方向の目盛りとしたグラフ(「ウィルバー・コムスの格子」)を作成し、ある人の現時点での意識がトータルでどのような「アドレス(所番地)」(図の●の部分)に位置付けられるかを示している。
この格子状に配置された「意識のアドレス」の全体像は、端的に言って、宗教的な叡智と科学(特に心理学)的な叡智との統合のひとつの形態を表している。このどちらが欠けても、人間の意識の成長・発達(進化)を語ることはできないだろう(下図参照)。

ウィルバー・コムスの格子

これらの地図の細部を細かく説明し始めるとキリがないが、ウィルバー理論の全体的な地図(ビッグ・ピクチャー)を挙げるなら、だいたいこんな具合いになる。
以上、ウィルバーが提示している様々な地図を概観したわけだが、これらはまさにウィルバーの「インテグラル理論」へのちょうどいいオリエンテーション(あるいはロードマップ)になり得るだろう。

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