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大は小を兼ねない?

人類学ではこの10年ほど、集団の大きさと文化の「複雑さ」に関する議論が続いています。数学を使った理論研究からは、大きな集団ほど「複雑」な文化が維持できると予測されています。大勢の人がいるほうが、習得の難しい文化であっても誰かが習得することができたり、有効な改良を行えたりするからです。

この理論的な予測を支持する実験研究もありますが、別の実験研究者からは、人間の限界を考慮した反論もなされています。理論的には、どれだけ沢山のモデル(手本になりうる人や製作物)があっても、その中で「良いもの」を選び正確に模倣できるとされています。しかし、ぼくら自身を振り返ってみてもわかるように、実際の人間は、そんなにすごくありませんよね。沢山のモデルが提示されると、混乱してしまって、正確な判断ができなくなるかもしれません。今日は、そうした人間の限界を検証した論文を紹介します(※)。

紙飛行機はどこまで飛ぶか
Fay博士らが行った実験では、被験者たちは、できるだけ遠くまで飛ばせる紙飛行機を作ることを求められます。紙飛行機を作るための制限時間は5分です。

条件設定は、大まかに個人条件と集団条件に分かれています。まず個人条件から説明しましょう。それぞれの被験者は、最初に一回飛行機を作り、その飛行距離を計測します。二回目以降は、前回作った飛行機とその飛行距離を検討する時間が1分30秒与えられます。これを8回繰り返します。

集団条件には、モデル一人条件、モデル二人条件、モデル四人条件があります。モデル一人条件でも、実験の大枠は同じです。それぞれの被験者が、5分以内に飛行機をつくり、飛行機距離を計測します。違うのは、飛行機を投げ終わった後に退席し、新しい被験者が入ってくるということです。この新しい被験者は、前回の被験者が作った飛行機と飛行距離を、1分30秒見ることができます。つまり、モデル一人条件では、8人の被験者が、前回の被験者の作った飛行機を参考にしつつ、順番に飛行機を作ります。

モデル二人条件では、二人セットで実験を行います。最初に、二人の被験者が独立に紙飛行機を作ります。飛行距離を計測した後、二人とも実験を終了し退席します。そこに、新たに二人の被験者が入ってきて、前回の二人の被験者が作った飛行機と飛行距離をみて、それぞれ新しい紙飛行機を作ります。この時間は、それぞれの紙飛行機について1分30秒、つまり、合計で3分です。この操作を合計8回繰り返します。モデル四人条件は、このモデル二人条件を二人一組ではなく四人一組で行います。そのため、観察できる前回の紙飛行機の数は4つになり、観察時間は1分30秒×4=合計6分になります。すべての条件(個人条件、モデル一人条件、モデル二人条件、モデル四人条件)の被験者数を合わせると、543人でした。

大きな集団では飛行距離が伸びない
個人条件とモデル一人条件では、試行回数とともに、飛行距離があがっていく傾向がみられました。しかし、モデル二人条件やモデル四人条件では、時間とともにグループの最大飛行距離があがっていく傾向がみられませんでした。

さらに、前回の飛行機との類似度は、個人条件が一番高く、モデルの数が増えていくにつれ低くなっていく傾向がありました。つまり、沢山のモデルをみせられると、そのモデルとは違う飛行機を作る傾向があったのです。著者らは、これは沢山のモデルを見せられたことで、認知的な負荷がかかり、忠実に似たものを作るのが難しくなったと考えています。

著者らは、この結果をうけて、「大きい集団ほど複雑な文化を保持できる」ためには、もっと細かい条件が必要なのではないかと述べています。人間の限界を考慮するの、大事ですよね。

(執筆者:tiancun)

※ Fay, N. et al. (in press) Increasing population size can inhibit cumulative cultural evolution. Proc. Natl. Acad. Sci. USA https://doi.org/10.1073/pnas.1811413116


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