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「」

最後の彼女のセリフはまだ決まってません。皆さんだったらどんなセリフをいれますか?

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「そういえば、××って今何してるんやろ?」
成人式の二次会で何気なく発されたその言葉は、僕の耳にだけ大きく響いていた。
「たしかに!今日来てないよねー」
「昔声優になるって言ってなかった?」
「たしか東京の専門学校行ったって聞いて気するけど」
「AV女優になったって噂、あれって本当なん?」
 皆、口々に彼女についての話をしていく。きっと誰一人としてその言葉に悪意はなく、この場を盛り上げる話題の一つとしてはなしているだけなのだろう。
「宮本、お前東京にいるんだし、元カレなんやからなんか知らんの?」
僕に話が回ってきて、皆が一斉に僕のほうを見る。
「いやーーー」
ここで僕が何も知らない、とだけ言ったとしても、きっと話は次の話題へと移り、この先の人生で彼らが彼女のことを思い出すことなどないのだろう。
「ーーー俺も特に何も知らないけど、AV女優ってのは違うらしいぜ。」
それなのに僕が一言付け加えたのは、彼女の名誉のためなんて大層なものではなく、同じ違和感を共有した彼女への唯一の情けからだった。
「なんやー、本当やったらそれで今晩楽しめたんになあ~。あ、そーいやさあ  」
 卓が笑いに包まれ、話が別の話題へと移っていく。彼女の20年間の人生は、田舎の小さな居酒屋の一つの卓で、単なる酒の肴の一つとして消化されていった。そういうものだ。僕は自分にそう言い聞かせて、胸に残る違和感を薄くなったレモンサワーで流し込んだ。



 彼女を久々に思い出したのは数か月前、成人式の連絡を担当してる中学の友人から、彼女のLINEを知らないかと聞かれた時だった。彼女は中学を卒業した後、県外の高校に進学し、行ってすぐLINEを一度消していた。そのため、中学の同級生は誰も連絡先を持っておらず、当時付き合っていた僕のみが彼女の連絡先を知っていた。

    彼女は中学時代から声優を目指しており、当時俳優を目指していた僕と馬が合った。中学卒業後、僕は県内の演劇部が有名な進学校へ、彼女は夢のために東京の高校へと進学した。最初のころは頻繁に連絡を取り、夢についての話を良くしていた。しかし、勉強が忙しくなるにつれ、僕は夢についての話をしないようになり、彼女との連絡の回数も徐々に減っていった。結局彼女とは高1の夏に一度会っただけで、冬にはLINEで別れた。

   今もこのLINEが彼女に繋がるのかは分からなかったが、試しに久しぶり、とだけ送ってみた。すると、意外にもすぐ返信が返ってきた。
『久しぶり。どうかしたの?』
僕もすぐにLINEを開き返信した。
『成人式のことで北村が連絡を取りたいらしい』
すぐに既読がついたが、しばらく待っても返信は来なかった。それから数十分後、彼女から返信が来た。
『今度会って話さない?』
何となくだが彼女の伝えたいことはある程度伝わった気がした。僕は了承の旨を伝え、日時と場所を手短に決めて彼女とのLINEを終えた。北村にはLINEは知らないが親御さんから連絡がいくようにしておくと返信した。


 数日後の夜、僕は池袋駅で彼女を待っていた。昨日から急に気温が下がりだし、コートを着ていても厳しい寒さになっていた。数分遅れて彼女はやってきた。
「お待たせしてごめん」
4年ぶりに会った彼女は一瞬彼女だと認識するのに時間がかかるほど別人に見えた。化粧もしているし、髪色も違うのだから当たり前なのだが、それを踏まえた上でも随分と大人びているような気がした。
「いや、全然大丈夫。それよりどこの店行く?」
「あー、テキトーにぶらついて空いてるとこにしよ」
しばらく他愛もない会話をしながら歩き、結局近くの安い居酒屋に入った。二人ともレモンサワーと、その店の売りの味が何種類もある唐揚げを頼んだ。先に近況の話をしてきたのは向こうからだった。
「達也は今何してるんだっけ」
「今は普通に大学生しながらイベント運営の
サークルに入ってるよ。」
「へー、何か大変そう。やっぱ達也はすごいね。」
彼女のすごいね、にいったいどんな意味が込められていたのか、僕は考えないことにした。
「そんな大したものじゃないよ。そっちは何やってるだっけ?」
僕はこの流れでしか聞けないことを聞いた。
「今は夜の仕事をやってるよー。」
知っていた。彼女と会うにあたって、僕は少しだけ彼女のことを調べていた。地元が小さな田舎だから大概のことは風の噂で聞こえてくる。だけど、それを当の本人から面と向かって言われると、やはりどうしても少し動揺してしまった。僕はその動揺を隠すように思いついた言葉をすぐに発した。
「へー、すごいな」
この僕のすごいな、に込められた意味がどんなものなのか、僕自身よく分からなかった。
彼女は少しだけ悲しそうな顔をしていたかもしれない。正直あまり覚えていない。
その後も僕たちの会話は続いた。しかし、その中で俳優、声優、夢。という言葉が出てくることはなかった。僕たちの中ではそーいうルールだった。きっとその話を持ち出して、いやー、実際めちゃめちゃ難しいよな!と笑い話として語ることもできたんだろう。でも、僕たちはそうしなかった。周りの人たちから見れば僕たちは楽しそうに話す元恋人として映ったであろう。でも実際は二人とも胸に残る大きな違和感をひっそりと共有していた。

 店を出ると外は一層寒さが増していた。駅に向かう途中、二人の間に会話はなかった。
「結局達也は成人式行くの?」
駅に着いた時、彼女が聞いてきた。
「ああ、一応行く予定だよ。」
「そっか。そうだよね。ーーーそれじゃあ、私こっちだから。」
「おう。じゃあ、またーーー」
成人式で、と言いかけて止めた。
「ーーーいつかどっかで。」
「うん。じゃあ、また。」
改札へ向かう彼女を見ながら、この「また」はもう2度とないほうの「また」なんだろうかと考えた。いや、きっと意味なんてないんだろう。だから彼女が最後に小さくつぶやいた「                   」という言葉にもきっと意味なんてないはずだ。

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