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"CRANES"の事。

英国イングランドの単一自治体であるポーツマスは、ポンペイの愛称で知られるイギリス海峡に面した港湾都市。ポーツマスFCがプレミアにいてハリー・レドナップ監督が指揮をとっていた頃はよく見ていたなあ...と思い出す。その後、チームはチャンピオンシップからリーグ2まで見る見る落ちて行って、最近でもリーグ1~リーグ2をウロウロしている。このポーツマスという町は、何故か出身バンドが少ない気がする。ロンドンまで100km程度しか離れていないからみんなロンドンへ行っちゃうのか、街に音楽文化が根付いていないのか、あまり出身バンドが思い付かない。ポーツマスと言えば港、港と言えばガントリー・クレーン、そこから名前を取ったバンドがいたなと思いついたのは、この Cranes。うーん、カッコいいバンド名とは言えないけど、あの超個性的なヴォーカルと、実験的すぎる爆裂サウンドは、いまでもはっきりと思い出せます。

[Self-Non-Self] (1989)

Cranesは、1985年にイングランドはポーツマスで結成された、JimとAlisonのShaw兄妹を中心としたバンドでした。兄妹バンドってのも、ありそうでなさそうな構成かなと思いますな。妹が大学を出てポーツマスの実家へ帰った頃、兄がギターとドラムを買って独学で演奏していた。それ以来、この兄妹は古いテープマシンや中古の楽器を手に入れては、自宅のガレージで何時間も音の実験を繰り返していた。結果、兄はドラムス、キーボード、ギター、プログラミングを、妹はヴォーカル、ギター、ベースをマスターし、兄妹ユニットとしてCranesをスタートさせます。バンド名は、港のクレーンから。これは本当らしい。Cranesとしての最初のレコーディングは1986年のカセット・シングル"Fuse"でした。当初は、自分たちで配って回る程度だったみたいですが、程なく地元ポーツマスのインディ・レーベルBite Back!との契約に至っています。このレーベルですが、他に知っているバンドが見当たらないので、やはりポーツマスは音楽不毛の地なのだろうか。それから3年後の1989年に、デビュー・アルバム”Self-Non-Self”を、同じくBite Back!からリリースしています。「他の誰とも違ったもの」がコンセプトだったという今作は、ダークな雰囲気のキーボード、インダストリアル・ノイズ、激しくヘヴィなビート、メタリックに歪みまくったギター・ノイズ、叩きつけるようなベース・ライン、地声なのか?と驚かされるくらいの高音ヴォイスによる不穏な囁きとノイズ、執拗に繰り返されるリフと、黒い空気に満ち満ちた地獄のごときサウンドが展開される、驚愕の大傑作でした。

[Espero] (1990)

1990年にBMG傘下のDedicatedと契約してシングル"Inescapable"で本格デビューを果たしています。結成から5年目という結構スローなペースなのは、兄妹がおっとりとしていたからか、音楽で喰っていこうなんて思わなかったからでしょうかね。基本的に全曲の作曲をJimが、歌詞をAlisonが担当し、プロデュースはバンドで行っています。次のシングル"Espero"は、元Gentle Giantのメンバーで、ポーツマス出身のRay Shulmanがプロデュースを手掛けています。Ray Shulmanと言えば、Sugarcubesや Sundays、Trash Can Sinatrasや Ian McCullochを手掛けた人物で、レーベルからの期待の高さが伺えます。バンドとしての活動を本格化させようと、新メンバーのKevin Dunford、Mark Francombe、Matt Copeという、何故か3人のギタリストを迎え、兄はドラムとキーボードとプログラミングを、妹はヴォーカルとベースを担当する事となります。Dedicated期待の新人として音楽雑誌の表紙を飾るなど、一躍話題の人になります。時はシューゲイザー・シーンが最高潮に盛り上がっていた時期とあって、ノイジーで手作り感のある彼らのサウンドはJohn Peel御大の耳に留まり、間もなくラジオ・セッションのレコーディングを行っています。しかし、彼らのサウンドは、決してシューゲイザーの範疇に収まらない強烈に実験的なものでした。

[Wings Of Joy] (1991)

1991年に入るとリリース・ペースを上げ、"Adoration"と "Tomorrow's Tears"という2枚のシングルをリリース、メロディメイカー誌のシングル・オブ・ザ・ウィークとなるなど評価を高め、同じ年にDedicatedからのデビュー・アルバムとなる"Wings Of Joy"をリリースしています。このアルバムは、UKチャートで4位に達する大ヒットとなっています。この作品は、初期の不穏でダークなイメージやミニマルなサウンドを残しながら、ピアノによる静謐感、軋むノイズ・ギター、繊細で陰鬱なピアノ、哀愁を帯びたストリングス、そしてAlisonの個性的な高音ヴォイスによる穏やかさと、不穏なささやきと叫びという両極端なパフォーマンスに彩られた独自の世界を形成しています。今作も凄い実験作品でしたが、世間的にはシューゲイザー系の作品と位置付けられているみたいです。何だかな?

[Forever] (1992)

1992年には、彼らを気に入ったというThe CureのRobert Smithの誘いで、彼らのワールド・ツアー"The Cure on the Wish World Tour"に同行するという機会に恵まれています。大きな会場での演奏を経験した彼らは、その熱気のまま、Dedicatedからの2作目となるアルバム”Forever”を完成させます。前作までの実験性は薄れ、非常にポピュラリティを感じさせる整合感のあるサウンドが展開される作品になっています。ピアノによる静寂感と、それを破るノイジーなギター・サウンド、Alisonのヴォーカルもメロディを口ずさみ始め、柔らかく暖かい雰囲気も兼ね備え、突然の高揚感にハッとさせられる瞬間もあります。が、やはり陰鬱な部分は残っていて、そこら辺はちょっと安心しました。シングル・カットされた"Jewel"は大ヒットし、バンドの代表曲となります。

[Loved] (1994)

1994年には、3作目のアルバム”Loved”をリリースしています。とにかく、レコーディングの実験と作曲を止めようとしないJimは、今作のために、70曲以上を作曲した中から選んだ11曲を収録しています。今作では、更にポピュラリティを得て売れて欲しいというレーベルの意向か、Alisonの特異なヴォーカルをメロディアスに仕上げて前面に押し出し、流麗なアコースティック・ギターと高揚感のあるノイズギターとの絡み、ダンサブルとさえ言える軽快なビート、キーボードや木琴やストリングスをフィーチャーした多彩なサウンドによる印象的な旋律が数多く飛び出す深みのある傑作でしたが、あまり話題にはなりませんでしたね。

[Population 4] (1997)

1996年には、番外編と言えるアルバム”La Tragédie D'Oreste Et Électre”をDedicatedからリリースしています。ジャン・ポール・サルトルの戯曲「蝿」とギリシャ神話のオレステスとエレクトラをミックスした前衛的な作品です。弦楽器、フルート、ピアノといったクラシカルで荘厳な演奏の中に、Alisonがフランス語の言葉を読み、歌い、叫ぶ作品で、よくDedicatedからリリースしたなと思うわせる異色の作品です。1997年には、4作目のアルバム"Population 4"をリリースします。アコースティック楽器が目立つこの作品は、全体的に益々ポピュラリティを感じる、取っつきやすいアルバムです。時代は確実に流れ、時代遅れになったDedicatedの経営が行き詰ってしまい、レーベルは親会社に吸収される形で消滅しました。最終的にArstaに移籍したのは、SpiritualizedとBeth Ortonだけだったとか。CranesもAristaに移籍するという選択肢があったようですが、活動に疲弊していたバンドは、休暇が必要と判断して活動を休止します。兄妹以外のメンバーは友好的にバンドを離脱して、各々の音楽活動へと入ります。

{Future Songs} (2001)

2001年にバンドはメンバーを一新して活動を再開しています。自身のレーベルであるDadaphonicを立ち上げ、2001年の”Future Songs”、2004年の”Particles & Wave”、2008年の”Cranes”まで作品をリリースしましたが、以前の様な実験性や攻撃性は全く感じられず、エレクトロニクスと生楽器を有効的に配し、Alisonのヴォーカルをメインとしたアブストラクトでアンビエントな作品となっています。どれも非常に優れたものですが、精神を逆撫でするかのような以前の作品を知っていると、物足りなさは感じてしまいます。その後はバンドとしてのリリースはありません。バンド・メンバーは、別ユニットでの活動に忙しく、Jimは、バンド再開の機会を伺いながら、今も自宅で音楽実験とソングライティングを行っているのでしょう。Alisonはイギリスのサウスシーに住み、言語学者として大学で研究を行っており、フランス語とスペイン語が堪能です。2013年には、新しいアルバムをレコーディング中というメッセージが流れましたが、今のところ実現していません。

[Cranes] (2008)

私の知識不足かも知れませんが、ポーツマスを代表するバンドであり、街の風景の印象をバンド名にしたCranesは、シューゲイザーに括られて時代の流れに翻弄され、様々なサウンドを試行しながら長らく活動し、現在でも音楽制作を続けています。メインマンのJimは、「僕にとっての成功とは誠実に音楽を作り続ける事だ」と語っています。素晴らしき音楽人生に祝福を!今回は、そんなJimのフェイヴァリット曲で、後期のライヴでも披露された、彼が目指したサウンドの完成形なのではと思える初期のこの曲を。

”Adoation” / The Cranes

#忘れられちゃったっぽい名曲


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