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春草子



この間、春に心を救われた。

私は不意に精神不調を起こすことがあって、あらゆる欲求が目減りして人生のモチベーションが無くなってしまう。
それはホルモンバランスかもしれないし、他に原因があるのかもしれないけど、いつ終わるのかすらわからない漠然とした不安と虚無感で私は疲弊していた。

とある日、大きな郵便局に行く用事があって電車に乗ろうと外に出た。
午後15時半。晴天で、柔らかい風が吹いていた。

──歩こう。

突発的な思いつきだった。
ちょうど履き物もスニーカーで、荷物はリュックに入れてあり両手は自由。歩くのに適していた。

空は雲のない淡い淡いペールブルー。
こういう日の空は不思議とドーム状に感じる。はるか向こうで青空が弧を描いている。

学校沿いを歩くと白とピンクの花水木が、太陽を背にして交互に植わっている。
花水木の枝はとても繊細で可憐だ。空に向かって両手を広げる形で葉がついている。
その向こうには応援団が持つぼんぼりのようなまんまるい花の群れ。里桜だ。
ソメイヨシノはもう花が終わってしまったがまだ桜は咲いているのだな、と思った。

足元にはハートの葉のぺんぺん草と、小さく黄色い花のノゲシ。春爛漫である。

大通りに沿って郵便局を目指し歩く最中、赤と緑の艶々した植え込みに、オレンジを溶かした蜂蜜色の夕陽が照り返していた。
輪郭がくっきりと光で浮かび上がっていて、その向こうの道の先は白っぽく靄がかかっている。そこにも夕陽が光芒を描いて差し込んでいる。

はらはらと涙が出た。比喩ではなく。
この歳にもなって屋外で泣くことは恥ずべきことではあるが、あたり一面の春に打たれて感極まってしまった。

春は、明るくて、美しくて、いい香りで、色彩に富んでいる。

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