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傘をくれる人々


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あぁ、雨だ。

降ってるか分からないぐらいの霧状の雨が次第に体に重みを感じる粒の大きさになっていた。ザァザァと駅前のアスファルトに雨が打ちつけている。

いつも天気予報を見てるつもりでも雲の様子を見て降らなさそうだと傘を持たずに家を出てしまう。今日もそんなわけで傘を持っていなかった。

特別重要なイベントがあるわけでもなく時間ができたのと隣町にある駅前の書店でセールがやっていることがたまたま重なったので朝10時に遅めの朝ごはんを食べて家を出た。

今朝は家を出て暖簾が出ているのにやってるところを見たことがないラーメン屋や変な骨董品を集めてそうな怪しい喫茶店、赤い紳士服を着せられたマネキンが鏡越しに道路を見下してくる紳士服屋の横を通りアーケードの商店街に入る。

アーケードのちょうど中央あたりの時計屋の前で外に向けられて置いてある誰も買わないであろう大きな時計を見て時間を確認している。針は10時55分を指していた。雨は午後からって朝のニュース番組で言ってたからまだ大丈夫だと確信して駅まで歩いた。

電車に乗っている時に窓に水滴がついているのが見えた。まだ太陽の光も見えているから大丈夫だろう。万が一のために耐えろ耐えろと雲なのか、太陽なのか何かに頼む。

こうしてとなり街へ行くのに自転車ではなく電車に乗ってる時点でどこか雨を恐れているのかもしれなかった。

頼みは届かなかったようだ。

次第に増えた雨粒は水の流れに変わり、駅に着いた頃には窓の汚れが完全に洗浄されていた。駅前の國見書店まで数分だが強まった雨はそう簡単に歩みを許さない。

天気予報は翌朝まで雨は降り続くと言っていたから降り止むのを待つわけにもいかない。しょうがないなと心の中でつぶやき、両手を額の上で重ねて小さな傘を作り小走りで雨の中を進んだ。

「大丈夫ぅ?」

前からとたとたと歩いてくる白く染まった髪のおばあさんがおしゃれな傘をさしながら話しかけてきた。高貴な方なのだろう身なりをきちんと整えた姿は単調な色合いの街並みから浮いて見えた。

「大丈夫です。すぐなんで」

髪の毛からぼたぼたと水が垂れ、服は黒っぽく滲んでいて大丈夫なはずなどないのだけれど、こうゆう時の決まり文句みたいなものだ。好きなものを食べている人においしいかと聞いて、おいしいと答えるようなもの。

「傘貸したげるよぉ」

簡単に逃してくれないのは職質の警官みたいだ。貸してあげるって言っても今、初めて会ったのに返す宛などないじゃないか。おばあさんはもうすでに雨でぐっしょりした私を心配してくれてる。笑顔を見せ、ゆっくりと歩みを進めるとそぉねぇと腑に落ちないままあきらめてくれた。

國見書店でセール品を買うつもりで来たのに財布の中は空っぽだった。雨が降り続けているから銀行のATMに行くのは気が引けたので店の隣のコンビニでお金をおろした。ついでにお茶を買ったらレジにまたおばあさんがいた。まだ黒い毛が残っている。濡れた髪の毛と水色が濃い青色に変わった服を見ておばあさんは私が傘を持っていないことに気づいた。

「傘持ってないの。持ってきな」

まだ覇気のある声色でレジ横の傘を取りながら言った。店長じゃなさそうだしそんな権利ないのだろうけどいいのかな。私みたいな人コンビニならたくさん来るだろうから全員に上げてたら赤字だろう。決まり文句で断ったけれど並んでいる人もいないせいかおばあさんは今度も逃してくれない。

「大変でしょう。いいのいいの。これは私の私物だから」

さっきそこから取ったのだから私物なはずないとは言わず、今度はご厚意ということでいただいた。ありがとうございますと言うと、いいのいいのと繰り返すだけだった。

そういえばバイト先に来るおばあさんも私に話しかけると止まらない。社員さんに怒られそうで早く仕事に戻りたいのだけど会話の柔らかい檻に閉じ込められてしまった。

本当に話し始めると終わりが見えない。傘も与えて、話も続けて、知りもしないのに大変ねぇと他人に共感する。おばあさんは底なしに何かを持っている。

本屋の古本セールで買った本の入った袋を片手に持ち、もう片方の手にはもらった傘を開いている。家に帰ると玄関のアルミの筒を見てぞっとする、溢れんばかりのビニール傘がささっている。情けなさよりも面白みのほうが勝つ。吹き出すようなことではないが自分の情けなさは笑える。この傘の山を全国のおばあさんに譲りたいとも思った。

ちゃんと傘を持っていかないのは、街中で出会うおばあさんにお節介を焼いてほしいのかもしれない。昔は自分よりも視線の高かったおばあさんに未だに何かを求めているのかもしれない。


***


週の日記

寒くも、暑くもない肌が湿ってるように思える生ぬるい雨の日は気持ち悪い。夏に近づくとこんな天気が増えると思うと憂鬱になりそう。

おばあさん達はなんの目的もないけれど、ただありのままで接してくれるから楽しいです。幸せそうとは彼女らのことを表す時に使うのだろう。

話は変わりますが、西加奈子さんの「漁港の肉子ちゃん」を最近読み終わりまして、ほっこりする話を久しぶりに読みました。最初は方言がつっかえてなかなか読み進まなかったですけど、読み終えた今は一押しの一冊になりました。アニメ映画化もするらしいので見たいです。

先月末にとうとう20歳を迎えました。19から20ですぐ変わることってお酒が合法的に飲めるようになることぐらいしか思いつきません。それくらい劇的な変化はほとんど感じないです。

殆どの場合変化って変わり終えてからそうだったかと気づくもので、あまり変わってないような日常を過ごしていてもなんか成長してたりして1年後には変わったと気づくでしょうね。一年だった時にふと変化に気づけるようこの歳も頑張ります。まずは毎週noteと読書継続。学校が始まっても続けよう。

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雨の日をたのしく

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