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夢だけど夢じゃなかった

息子が小さな両手を広げて言う。
「ママにまほうをかけるからね。」
「うん、どんな魔法?」
「あのね、しらないせかいの街に行くまほうだよ。
ママ、目つぶって。」
私は言われた通りに目を閉じる。
息子の手がぱちぱちぱち、と3回、可愛い音を立てる。そっと目を開けると、そこは、
しらないせかいの街だった。

私は、静かな草原の中にいた。
爽やかな風が吹き抜け、揺れた草の向こうに、ひとりの青年がいる。
彼は、絵を描いていた。

透き通るように澄んだ空色。
とりどりの秋色を纏う木々の葉。
柔らかな草の薄い緑。
その景色を優しく、慈しむように、穏やかな微笑みを湛えて見つめる横顔。その姿こそが一枚の絵画のように美しかった。

「あ。やっときた。」
彼が私を見つけてそう言う。
「おいで。」
いざなわれるまま、彼の隣に座って同じ景色を見る。
「すっかり秋だなあ。」
油絵の具を一筆一筆、とんとん、と、重ねていく。
平面の紙の中に、吸い込まれそうな宇宙を感じる。

「湖、見に行こうか。」
彼は私の手をとり、歩き出した。包み込む大きな手に、柔らかなニットの袖が、ふわりと被さる。
「コーヒー、飲むでしょ?」
青と黄色と赤と緑が曖昧に混ざったような景色の中で、彼が丁寧にコーヒーを淹れてくれる。透き通る黒が、優しい陽射しにきらきらと光り、そのあたたかくて柔らかい優しさに抱きしめられる。

彼が、白くてふわふわした綿毛に、ふうっ、と優しく息をふきかけた。世界は柔らかな白でいっぱいになる。
彼が見えなくなってしまう。

まって、
きえないで、、

「大丈夫。いつでもここで待ってる。ここにいるよ。」

……目を開けると、私をまっすぐ見つめる息子と目が合った。
「しらないせかいの街、たのしかった?」
「…うん。たのしかった。素敵なせかいだった。」
「あっ、ママ、」
息子が私の髪に手を伸ばす。
「ついてたよ。ふわふわだねえ。」
柔らかな白い、綿毛だった。
「ありがとう」
きらきらした瞳の魔法使いを、私は優しく抱きしめた。

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