見出し画像

つかうかな つかわないかな

「地ビールの 泡(バブル)やさしき 秋の夜 
 ひゃくねんたったら だあれもいない」
俵万智さんの短歌に合わせて、シンプルなイラストが添えられている週めくりカレンダー。裏にPOSTCARSと書いてあって、葉書としても使えるようになっている。12日が水曜日なのは2022年のものだからである。

これは2021年の冬、子供と二人で角川武蔵野ミュージアムに行った時に買ったものだ。俵万智さんの展示を見たあとでショップで見つけた。素敵と思って手に取って、すぐにいい事思いついたと思った。年明けから1週間おきに、遠くにいる両親に宛てて、これに何か書いて送ろうと思い立ったからだ。

うちでカレンダーの機能を果たしてから送るので、親の元へは週がずれて届く。初めから返事は期待しなかった。私たち側からその週に起こった近況を書いて知らせ、時々届いた?と電話をかける。自粛が声高に叫ばれる中で何度か帰省を見送っていたので、形に残るコミュニケーションを送れたらいいと思ったのだ。

いつも投函前に表裏を写真に撮ってカメラロールに保存した。1週間分の日記を送るような気持ちだった。
短歌と絵の下にあるカレンダーの数字に〇を入れて線を引き出す。その先に起こった出来事をメモで書いた。

子供の描いた絵が区展に選ばれました。
トンガで火山が爆発しました。
北京オリンピックが始まりました。
東京に雪が降りました。
ババお誕生日おめでとう。
子供の自転車を買いました。
あゆみをもらいました。
ポンペイ展を観に行きました。
初めてギプスを嵌めました。
新学期が始まりました。

たまに遅れて2枚、つまり2週間分を送ることもあったけれど、なんだかんだ半年近くは続いたので、私にしてはめずらしく三日坊主じゃなかったと嬉しかった。郵便局でシールの切手シートを選ぶ楽しみもあった。

それをぷっつり辞めたのは、父からお金の催促が来るようになったからだ。父と母二人とも年金で暮らせるはずであるのに、父のいつもの性格がそう出来なくさせていた。
老人会の役員だからと旅行が企画される度に出かけ、パターゴルフや麻雀のイベントを自ら企画運営し、無い袖を振って人前でいい恰好をする。今に始まったことではなく、幼い頃から家族をバラバラにしてきた悪い癖だ。
ここ10年ほど大人しかったので、私はそんな活動も出来るぐらい自分たちで自活してくれていると思っていた。でも実際父は母の収入に頼っていたのだった。

痛んだ傷はこの10年でカサブタにして、もう大丈夫と思っていたけれど、やっぱり違うんだったな。私は必要以上に動揺して親からの連絡を恐れるようになった。必要と言われるお金を振り込んで、ポストカードを送ることは辞めてしまった。

2022年はピアノの上に、めくらないままのカレンダーを出しっぱなしにしておいた。
自分が親孝行の真似をしたかっただけなんだと思い知るために。実際、視界に入る度に、罪の意識がちくりともたげてくる。夫や息子は気にも留めなかったが、私には「終わっていないぞ」という小さなサインを発している、小さな声のように。

新年が来て、さすがにピアノの上からは撤収したが、約半年分の使わなかったポストカードは捨てずに残しておいた。
カードを溜めている箱から出してながめながら、使ったら変に思われるかなぁと考えたりする。
短歌はそばにある軽やかさで存在するものあれば、心情に激しく訴えかけられて心が波立つこともある。デザインも素敵だし俵さんの歌だもの。誰かに届けられたらうれしいのだけど。

曜日違いを気にしないで受け取ってくれそうな知人友人の顔を思い浮かべてみる。頭に浮かんだ人に、ひらひらとお手紙を出してみようかな。
10月の3週目は、白い猫が出てくる歌である。

この記事が参加している募集

今日やったこと

興味をもって下さり有難うございます!サポート頂けたら嬉しいです。 頂いたサポートは、執筆を勉強していく為や子供の書籍購入に使わせて頂きます。