漢詩もどき(漢柳)を為す7

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「桃花詩記」(作品本編はこちら)に登場した漢柳の紹介ラストパートでございます。7話とエピローグに登場した作品を紹介します。

7話あらすじ
都に帰ってきた本陶らは今回の査察を命じた中書令曹齢然の元を訪ねる。そこで鈍灰と齢然と現皇帝が古くからの付き合いであったことが判明する。齢然は政治を馬・虞・陳の三氏から取り戻す為に皇帝を支え続けており、律がやり玉に挙がったのもこの政争がきっかけであった。本陶らは律と皇帝を救う為にひそかに画策していた計略を実行する。

では作品に移ります。

詠み人知らず 「文悠」

焚書折筆文不絶  書を焚き筆を折れども文は絶えず、
謡口憶耳詞弗滅  口に謡い耳に憶えて詞は滅せず。
刻石彫金鎚打鑿  石に刻み金に彫り鎚は鑿のみを打ち、
削木束竹帛亦裂  木を削り竹を束ね帛もまた裂く。
覆実捏虚芽萌生  実を覆い虚を捏ぬれども芽は萌生し、
埋簡蔵版鳥啼血  簡を埋め版を蔵せども鳥は啼血す。
暗智鈍思愚与空  智を暗くし思を鈍くし愚にして空なるよりは、
明志敏道賢溢渇  志を明らかにし道に敏たりて賢にして渇を溢たさん。

押韻:入声九屑(絶、滅、裂、血、渇)

解釈
書を焼き筆を折ろうとも文学は絶えない。
(それらがなくとも)口で歌い耳で聞いて覚えて言葉は消えることがないからだ。
(それらがなくとも)石に刻んだり金属に彫るなど、鎚で鑿を叩いて文字を記すだろう。
(それらがなくとも)木を削り取ったり竹を束ねたり布を裂いて文章を残そうとするだろう。
真実を覆い隠し虚偽を捏造しても(土の下から突き抜けるように)芽が生え出でるだろう。
簡を埋めて版木をしまい込んでも鳥(文人)は声を振り絞って啼き続けるだろう(表現することを辞めないだろう)。
知恵を捨て思考を鈍らせて愚かで空っぽであるよりは、
志を持ち道理に敏くなり賢人たらんとして涸れを満たすような生き方をしよう。

語釈
・弗…「不」に同じ。
・帛亦裂…「裂帛」できぬを裂いて書面を作ることを指す。
・簡…木簡竹簡のこと。
・啼血…血を吐くほどに声を振り絞って啼くこと。
・与…「~より」と読み、比較を表す。
・溢…「みつ」あるいは「みちる」と読むが、水が涸れた状態から満ちている状態にするの意で「みたす」と読む。本来は間違っている読みなので注意。
・渇…入声九屑と入声七曷の二種の韻に含まれる。前者では「かれる」の意、後者では「かわく」の意で解釈する。

一言
詩というよりは文章の羅列のような作品。漢柳の体系が確立する前の作品という体で作詩しました。作中ではこの詩を為したのは齢然の先祖に関係する者とされております。石碑に作られた空洞に置きっぱなしでは悪事の証拠も持ち腐れ、志ある者がそれを見つけることを期待して受け継がれてきたという設定があります。その為に訓戒のような表現で簡素な詩にしました。
詩を伏線に織り込みたくて作ってみましたが、ギミックに無理があったのと技量不足でわかりづらくなってしまったのは本作の大きな反省点です。

詠み人知らず 「待春」

池平詩仙庵  池平らかなる詩仙の庵、
風飄碧苔景  風飄る碧苔の景。
酒壺香紛紛  酒壺は香紛々として、
窓外雪冷冷  窓外は雪冷々たり。
喜悦童子声  喜悦する童子の声、
花開旧庭杏  花開く旧庭の杏。
春夢呼啓蟄  春夢にて啓蟄を呼び、
吟鳴谺幽境  吟鳴して幽境に谺す。

押韻:上声二十三梗(景、冷、杏、境)

解釈
池に波立たぬ(静まりかえった)詩人の庵、
風が舞う苔むした庭の風景。
酒壺は香りがぷんぷん漂わせ、
窓の外は雪が冷え冷えと残っている。
喜び楽しむ子ども達の声、
花が咲き始めた古ぼけた庭の杏。
(のんびりと)夢にて啓蟄の候が来ないかなと請い、
(心のままに)詩を吟じる声は隠れ里にこだましていく。

語釈
・碧苔…緑色のこけ
・冷冷…清らかで涼しげな様子。
・杏…花が咲くのは春先。
・啓蟄…二十四節気の一つ。土中の虫が外に出てくる時節をいう。
・幽境…人里離れた土地。

一言
律の風景を表したとされる詩。個人的にはお気に入りの作品です。テーマは桃源郷の冬景色、冬から春に移り変わる少し前の風景をイメージしました。そうなると杏の花が咲いているのは矛盾していると思われるでしょうが、実は後半四句は詠み人が見ている夢の風景を描いているのです。

最後にエピローグに登場した漢柳をご紹介!
あらすじは以下の通りです。

都での騒動も落ち着き、本陶と顔路は律と都さらには西域との中継地として新設された集落にて新たな職務に就いていた。忙しく、課題も多い日々を送りつつも彼らの生活は充実しており、その中で漢柳の振興を推し進める新事業も立ち上がろうとしていた。「天下の大業」を為すべく、彼らはこれからも歩み続けるのだった。

詠み人知らず 「漢柳三聖」

金烏宿霊樹  金烏霊樹に宿す。
騰蛇巡雲海  騰蛇雲海を巡る。
芙蓉遊流水  芙蓉流水に遊ぶ。
柳花極光彩  柳花光彩を極む。

押韻 上声十賄(海、彩)

解釈
金烏は霊樹に巣を作る。
騰蛇は雲の海を渡り歩く。
蓮花は流水に親しむ。
漢柳の花はその輝かしい彩りを極めようとしている。

語釈
・金烏…太陽の化身。太陽に三本足の烏がいるという伝説が由来。耀白を指す。
・騰蛇…神獣。翼をもった蛇の姿をしている。東西南北の中央を象徴すると言われている。鈍灰を指す。
・芙蓉…蓮の花。詩耽を指す。
・柳…ここでは漢柳を指す。
・光彩…光のあや。美しい光。まばゆいほど美しくきらめく様。

一言
作中では説明がありませんが、この詩は漢柳に触れた民衆が生んだ詩です。本編の最後で本陶らの元にやってきた人物は、道すがらにこの詩を耳にして気を良くしていたから口ずさんでいたのです。

以上「桃花詩記」に登場した漢柳のご紹介でした。
ここで興味を持った方はぜひ本編の方もお目を通して頂けると幸いです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

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