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「コイザドパサード未来へ」 エピローグ

受験生という肩書きから解放された僕らは高校生になった。 高校生になったら、何か特別なことが起きるような気がしていたが、 拍子抜けするような、平凡な高校生活だ。 新しい学校、新しい友達。 最初は緊張していたが、慣れると案外、普通の生活で、 今は学校と家を行き来する毎日である。 ゴールデンウィークが明けたばかりというのに、お日様が夏のように射している。 いつの間にか、5月は春じゃなくて夏だなあ。 暑い。風がないので、体感温度が高く感じる。 蒸し暑さがないのは救いだけど、アイ

    • 「コイザドパサード未来へ」 第20話

      桜が散る頃に、僕たちは中学3年生になった。 義務教育最終学年、受験生だ。 アキラにはもうすぐ弟が生まれる。 学校へ向かう途中、半歩先を行くアキラに聞いてみる。 「弟が生まれたら会いに行くの?」 「まだ決めてない。どうしたらいいか、分かんないよ」 「そうかあ」 アキラは言わなくても分かっているだろうけど。 自分の気持ちに従って、後悔のないようにね。 僕はアキラの背中に向かって、心の中でそっとつぶやく。 道路の端には散った桜の花びらが群れをなして、息を潜めている。 春が

      • 「コイザドパサード未来へ」 第19話

        顔を上げて、ひとり満開の桜を眺める。 家の近くの桜並木は今まさに見頃のソメイヨシノが、 淡い光を放つように咲き誇っている。 薄ピンクのドレスを着ているみたいだ。 綺麗だなあ。 美しい桜並木を見ていると思わず、泣いてしまいそうだ。 なんでだろう。少し感情的なのかな。 先ほどの家族会議のことが頭から離れない。 父さんと母さんがついに、夫婦の関係とこれからについて、話をしてくれた。 しっかり向き合ってくれたのは嬉しかったけど、今の僕にはまだ分からないことが多くて、ひとり家を出た

        • 「コイザドパサード未来へ」 第18話

          横井さんを見送った後、宿に戻って温泉を満喫した。 アキラと一緒にお風呂に入るのは久しぶりで少々照れたけれど。 裸で一緒にお風呂に入るのは小学生以来だから。 互いに背中を流しあって、露天風呂に入った。 父さんもアキラも少し疲れた顔をしていて、口数は少ない。 温泉に入ったら、急に疲れが出てきたようで、眠くなってきた。 僕はフーッと安堵したような、眠気を吹き飛ばすようなため息をつき、 空を見上げる。 いくつもの星がそれぞれの存在を教えあっているように瞬いている。 三日月は空に寄り添

        「コイザドパサード未来へ」 エピローグ

          「コイザドパサード未来へ」 第17話

          アキラに強く体を揺すられてハッとして目覚める。 目の前にはあの時と全く同じ形をした光り輝く扉がある。 隣に目配せをして、手をつないだ。 金色に縁取られた扉の輪郭は点滅しており、扉を見つめながら、僕らはそっと心の中で念じた。 いざ、横井さんのところへ。 体が浮いて、ゆっくりと扉が開いた。 扉を通り抜けると、目の前には黄金に光り輝く草原が広がっていた。 隣のアキラは 「すっげえ」と言いながら、目の前の景色をゆっくりと見渡している。 またこの世界に戻ってくることができた。 「

          「コイザドパサード未来へ」 第17話

          「コイザドパサード未来へ」 第16話

          父さんを説得するのは、簡単ではなかった。 僕は自分が正しいことをしようと思ったし、父さんは横井さんの気持ちを考えた。あの時の自分の気持ちを思い出しながら、横井さんの家族のことを強く想って粘り強く会話を重ねた。 説得というより、この状況でどうすればいいのかをとことん話し合った。 立場が違えば、考え方も想いも当然違ったりする。 まして横井さんに会った事はないし、横井さんの状況や気持ちを組む事は難しい。 でも僕は父さんがいなくなった時の気持ちは誰よりも理解できる。 もし、横井さ

          「コイザドパサード未来へ」 第16話

          「コイザドパサード未来へ」 第15話

          「いつになったら横井さんを救出するの?」 「急になに?あなたは誰?」 「未来から来たミライだよ」 「えっ?」 「まだいつかは分からないけど、やらなきゃって思ってるよ」 夢の中で、僕は未来から来た自分に横井さんのことで詰め寄られている。 僕の日常は家と学校を往復する日々で、なかなか行動に移すことは難しい。 平凡な日常、単調な毎日。 朝、学校へ行って授業を受けて、夕方に帰宅する。 平日はこの繰り返しだ。人生なんてそんなもんでしょ。 中学生なんだから。冒険なんてそう簡単に起きない

          「コイザドパサード未来へ」 第15話

          「コイザドパサード未来へ」 第14話

          クリスマスがやって来た。 この時期になると師走特有の慌ただしさを感じるとともに、 街のあちこちでイルミネーションが灯り、クリスマスソングが流れ出す。 クリスマスはたくさんあるイベントの一つだし、特別な意味があるのか分からないけど今年は去年と違い、父さんがいるから特別といえば、特別だ。 最後のクリスマスは僕が小学3年生だったから、実に5年ぶりに家族で過ごすことができるクリスマスになる。 親にクリスマスに何か欲しいものはないか、と聞かれたが、特にほしいものは思いつかない。それ

          「コイザドパサード未来へ」 第14話

          「コイザドパサード未来へ」 第13話

          「アキラの分も焼く?」 「自分でやるからいいよ」 アキラと僕は、今まさに肉をそれぞれに挟み、食卓の鉄板で焼こうとしている。隣では父さんと母さんがビールを飲みながら、笑顔でふたりのやりとりを見ている。 期末試験が終わったので、家で焼肉をしようということになり、アキラがうちに遊びに来ている。 小学生の時はお互いの家をよく行き来していたが、中学生になってからはその頻度が極端に減った。 食卓には母、父、僕、僕の隣にはアキラがいる。 久しぶりの焼肉にいつもよりテンションが上がっている

          「コイザドパサード未来へ」 第13話

          「コイザドパサード未来へ」 第12話

          穏やかな日々が続いている。 あと数週間で今年が終わるなんて嘘みたいだ。 誰かが以前、「1日は長く、1年は飛ぶように過ぎていく」と言ったが、本当にその通りだと思う。 日曜日に珍しく家族全員がうちにいる。 朝から雨が降っているので、誰ひとり外出する気はないらしい。 窓を打ちつける雨が激しくなってきた。 空気が乾燥していて、何日も雨が降らなかったので、これは恵みの雨だなと土砂降りの雨を横目に少しだけこの天気に感謝する。 父さんはリビングのソファで本を読んでいる。 その姿を目にす

          「コイザドパサード未来へ」 第12話

          「コイザドパサード未来へ」 第11話

          学校へ向かういつもの朝 少しの寒さに我慢しながら、まだ冬コートを着ないで登校する。 隣を歩くアキラもマフラーこそ巻いているが、いまだに制服のままだ。 外套を纏った数人の中学生が前を歩いているが、僕はもう少しだけ、我慢をしようと思っている。コートは制服の上に身につけることができる、僕たちにとっては、いわば最上の重装備だ。今から着てしまうと、これからやって来る寒い冬を乗り越えられそうな気がするから。 冬が苦手な僕は徐々に寒さに慣れるように、無駄な抵抗かもしれないけど 極限まで着

          「コイザドパサード未来へ」 第11話

          「コイザドパサード未来へ」 第10話

          あかりちゃんの家でおにぎりを作ることになり、ふたりでキッチンに立っている。 並んで一緒に料理をするのは何年ぶりだろう。 僕が小さい頃はよくあかりちゃんの家に預けられて、こうしてお手伝いをした。 あかりちゃんがおにぎりの具材を用意してくれたので、それぞれ自分の分を握ることになった。 梅、おかか、昆布。 あかりちゃんは小さめのおにぎりを握って、3種類の具材をそれぞれ入れている。僕はひとつの巨大おにぎりを作り、その中に3種の具材をすべて詰め込もうとしている。 「ミライ、その

          「コイザドパサード未来へ」 第10話

          「コイザドパサード未来へ」 第9話

          久しぶりにあかりちゃんの家に遊びに来た。 父さんがあの世界から戻ってきてから初めての訪問なので、 話したいことがたくさんある。 「本当に兄さんが見つかって良かった。ミライに改めてお礼を言うね。  探しに行ってくれて、一緒に戻ってきてくれてありがとう」 あかりちゃんは今にも泣き出しそうな顔でお礼を言った。 僕は少し照れて、頷く。 父さんとあかりちゃんは小さい時から仲が良く、大人になってからも何でも話せる、兄弟というより友達のような間柄だ。 あかりちゃんにはあの温泉旅館で何

          「コイザドパサード未来へ」 第9話

          「コイザドパサード未来へ」 第8話

          「行ってきます」と家を出て、いつものように朝、学校へ向かう。 冬服の制服の下に長袖Tシャツを着ているが、少し肌寒く、いつから冬コートを着始めようか迷う。 今のままの重ね着スタイルだと肌寒いし。 だからといってコートを着ると暑くなり、学校へ着く前に脱ぎたくなってしまいそうだ。 僕はブルっと震えながら、歩き出す。 足元の枯葉が踏まれてクシャっと音を出す。 まるで僕に踏まれて痛いよって声をあげたみたいだ。悪く思わないでくれ。 この枯葉を足で踏んだ時の音がたまらなく好きだ。 冬が来

          「コイザドパサード未来へ」 第8話

          「コイザドパサード未来へ」 第7話

          昨夜は眠れなかったので、かなり朝寝坊をしてしまった。 日が昇るまで眠りにつけなかったので、目覚めると時計は昼の12時をとうに過ぎていた。睡眠時間は十分ではないが、目が覚めてしまったので起きるしかない。 今日は日曜日なので、寝坊をしても何か支障があるわけではないが、母さんはすでに仕事に出かけている。 ぼさぼさの髪を手で直しながら、リビングへ行くと父さんがちょうどコーヒーを淹れていた。 コーヒーの香りが部屋中に漂い、僕は思いっきり深呼吸をする。 部屋の隅々までに広がるこのコーヒ

          「コイザドパサード未来へ」 第7話

          「コイザドパサード未来へ」 第6話

          アキラの告白の後、新学期が始まり、僕たちはいとも簡単に日常にのみ込まれた。 夏休みが終わると平日は学校の時間割で埋まり、非日常な夏休みの出来事のすべてが、今は遥か遠い昔のように感じる。 あれから父さんはこの現実世界に徐々に慣れて、笑顔が増えてきた。 秋が深まるにつれて、僕たち家族は穏やかな生活を取り戻している。 父さんのいた黄金に光り輝く草原の世界は一体、なんだったのだろう。 こんなふうに眠れない夜は、特にあの時のことが蘇る。 過去も未来も存在せず、時間の感覚もないあの世界

          「コイザドパサード未来へ」 第6話