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はっきりいってあなたと寝たい!!!(下)〜薔薇王の葬列(3)感想②

 薔薇王の葬列の女性キャラがアンとイザベル以外怖すぎる。

いきなりホラー要員のエリザベス王妃。あんまりに怖すぎてちびりそうになった。

 アンやイザベルもこうなってしまうのか……!?!?!?
 守りたい、アンとイザベルの笑顔。

アン・ネヴィル。かわいい。
イザベル・ネヴィル。かわいい。
パパ・ネヴィル。かわい……い?

 アンとイザベルのお顔から、ふたりのお母さん(ウォリック伯の妻、ウォリック女伯爵アン・ビーチャム)の容姿が想像できるのが微笑ましい。目が大きくてくりっとした白いお肌のかわいい女性だったのだろう。

ベッドフォード公ジョンの話をしよう

 全然物語に関係ない人の話をしようと思う。
 ベッドフォード公爵ジョン。誰かというと、薔薇戦争前のイングランド上流貴族唯一の常識人このお方の摂政である。

0歳で国王になったヘンリー6世。きっと自分が王様だとしか思っていないので、アニメでは廃位させられたことに喜んでいたが、実際のところ「ずーっと申請していた長期休暇を取れた」という感覚でしかなさそう。

 ベッドフォード公爵はヘンリー6世の叔父で、生まれた直後に父を失った甥王を、弟のグロスター公爵ハンフリー、王母キャサリンとともに補佐した。ときは百年戦争の終盤にあたっており、ベッドフォード公爵はヘンリー6世を守りながらフランスと戦闘を重ねていた。
 ベッドフォード公爵は資料により人格の評価がわかれるが、総じて、マジで有能で実直な人物であったらしい。しかも、行政手腕に長け、貴族内の争いを調停することもできた。薔薇戦争に来てこの惨状をなんとかしてくれ

 ベッドフォード公爵の弟のハンフリーは博覧強記で賢く、決して無能ではなかったが、野心家で性格が悪いので他人と対立しやすい性格だった。なので、ヘンリー6世のファンクラブと言って差し支えないボーフォート一族と、いろいろあって対立してしまう。
 マジでキレた両者は、ロンドン橋の上で大乱闘を引き起こす。

橋の上で大乱闘するハンフリーとボーフォート一族のイメージ

 ベッドフォード公爵はそのときフランスにいたというのに弟がボーフォート一族と大げんかしていると聞いて一時帰国。
 「お前らいい加減にしろ」とレスターで議会を開いた。ハンフリーとボーフォート一族は議会に武器を持ち込んじゃいけないというので棍棒()を隠し持って議会に現れたが、ベッドフォード公爵はボーフォート一族のトップ・ボーフォート枢機卿を国外脱出させることで二者を和解させる。
 ……バキバキの有能さ。薔薇戦争にベッドフォード公爵が来い
 ベッドフォード公爵は弟のハンフリーとともに護国卿に就任していたが、護国卿って謎おじさんではなくこういうやつがなるべきだと思うんですよ(ヨーク公を見つつ)

 だが、そういう完璧超人にも汚点がある。
 それがジャンヌ・ダルクだ。

男装少女ジャンヌちゃん

 薔薇王の葬列に何故ジャンヌ・ダルクが出てくるのかものすごく疑問だったのだけれど、ベッドフォード公爵の存在を考えれば納得がいく。
 イングランドとフランスの戦いである(正確にはイングランドとフランスを分離した戦いである)百年戦争において、フランスはヘンリー6世を擁したベッドフォード公爵率いるイングランドのもと、絶体絶命であった。その際、フランス側にジャンヌ・ダルクが現れたことから、フランス側の士気が高まる。一般的にジャンヌ・ダルクがオルレアンを奪回したことにより、フランスとイングランドの戦況が逆転したといわれる(実際にはイングランドを完全に追い返したわけではないため、「逆転」であったかは諸説ある)。
 フランスの士気を高めさせてはならない、とかわいい甥と喧嘩っ早い弟を抱えたベッドフォード公爵は考える。それで、ジャンヌに狙いを定めた。

 ジャンヌ・ダルクにも困ったところはあった。彼女は過激で、イングランドで崇敬されていた聖女マルガリータを幻視したことについて、宗教裁判を受けた時に「フランス語で私に話しかけた」と断言し、こう言い放った。「聖女マルガリータはイングランド派じゃないのに、どうして英語を話すっていうのよ?」と。自分が火刑に処されるかもしれない宗教裁判の場で、である。
イングランドには神の加護なんかねーよ、という爆弾発言を、殺されそうな時にでさえかましたことになる。
 百年戦争は別に宗教戦争ではない。当時はおなじローマ・カトリック教会を信奉していたイングランドとフランスの争いだ。……って考えると、おおやけに活躍する人の発言にしてはちょっと配慮が足らない。
 そして、今は「イギリス」「フランス」とちゃんとドーバー海峡挟んで国が分かれているが、当時は国境線が曖昧で、というか百年戦争はその国境の線引きを明らかにするための戦争でもあった。だから、フランスとイングランドはわかれたほうがいい、という意見に賛同する人は多かったかもしれないが、ジャンヌのような「イングランドはクソ!神の加護無し!!」みたいな過激な発言の人は苦手意識を持たれた。
 平たく言えば、フランスしか眼中になかった。たぶん聖女マルガリータがイングランドで人気あるとかそういうのも知る機会はなかっただろう。ジャンヌの考えだと、全ての人類を深く愛しているはずの神は、フランスばかり贔屓して、イングランドは呪うということになってしまうが、その矛盾に対する反論を、彼女は用意できていなかったようなのだ。
 熱心にジャンヌを保護していたはずのフランス王シャルル7世も、外交上の問題もあって、彼女を遠ざけ始める。

 それにつけこんだベッドフォード公爵はジャンヌ・ダルクにまつわる悪い噂を民衆にばらまきながら、ヘンリー6世をフランス王に即位・戴冠させるために動く。
 ここら辺は複雑なのであまり深く突っ込むと宇宙猫になってしまうのだが、簡潔に言えばヘンリー6世はフランス王の王位継承権を持っていた。てゆーか、ヘンリーは、シャルル7世のパパ・フランス王シャルル6世の孫で、シャルル6世は大人の複雑な事情(※トロワ条約)で孫のヘンリー6世を「オレの後継者」と定めていた。シャルル7世の立場ryそんなわけで、ヘンリー6世はフランス王になる資格があった。だからフランス王として戴冠する。
 で、ベッドフォード公爵はヘンリー6世がフランス王として戴冠する前に、宗教界に圧をかけ、過激とは言えなんら悪いことをしていないジャンヌ・ダルクを異端な魔女ということにしてもらい、もう吐き気を催すレベルの異端審問の末に処刑した。男装をした罪とかで。ヘンリー6世はそれを見届け、フランス王として戴冠した。
 まさに聖女の血で染められた王冠をヘンリー6世、フランス王としてはアンリ2世はかぶることになる。

 だから、ジャンヌ・ダルクが薔薇王の葬列に出ることは意味深だ。(ベッドフォード公と)ヘンリー6世は過去に、男装をしたという罪で無実の聖女を殺した。その罪はヘンリー6世の後継者であるランカスターとヨークの大量の血をもって贖われ、全てを背負って死んでいくのはリチャード3世だ、という風にも見える。だから、リチャード3世はヘンリー6世と特別な関係でなければならないし、「男装」をしているのだろう。

 ベッドフォード公はヘンリー6世が14歳の時に死亡する。その後任として、リチャード3世とエドワード4世の父であるヨーク公がフランスに赴任する。そこからヘンリー6世の治世がぐちゃぐちゃのぼろぼろになっていくのだが……。

 で。そのベッドフォード公爵の妻・ジャケッタは自身の侍従であるリヴァーズ卿リチャード・ウッドヴィルと再婚する。この再婚はリヴァーズ卿の身分が低いため、ド上流貴族の公爵夫人としては常識はずれなものとして世間の注目を浴びた。そのジャケッタとリチャード・ウッドヴィルの間に生まれたのが、エリザベス・ウッドヴィル、エドワード4世の王妃である。

エドワード4世は考えた

 さて、自分の最大の後援者であるウォリック伯の権力伸長に神経を尖らせているエドワード4世は考えたのであった。

「自前の勢力を作ればいいじゃん」

 その結果、

oh…

 すけべをすることにした

 さて、ウォリック伯はエドワードの縁談相手まで決定しようとしていた。フランス王の妻の妹、ボナ・ディ・サヴォイアである。しかし、エドワードはムカついていた。

 当時、フランスは今のフランスの領土と同一ではなく、東の方にブルゴーニュ公国というおおくてつよい国があった。もちろんフランスと仲が悪かった。百年戦争の真のラスボスはこいつ、ブルゴーニュ公国です
 ブルゴーニュ公国は「オレはフランス王の家臣です」という顔をしておきながらフランス王の家臣にしてはクソデカすぎてフランス王としては扱いかねていた。
 イングランドも似たようなもので、ヘンリー6世の時代まではイングランド王はフランス王の家臣であるアキテーヌ公爵を兼務していた。ヘンリー6世はフランス王の家臣・アキテーヌ公としてはアンリ5世と名乗る。で、フランス王は代々「お前はイングランドに領地があるだろ! オレに構うんじゃねえ!邪魔なんだよ!!」と代々のイングランド王たちアキテーヌ公爵たちにあれくるっていた。なので百年戦争が起きる。
 でも、フランスはブルゴーニュ公爵にまでは「オレに構うな! 邪魔なんだよ!!」とはいえなかった。なので仲がどろどろになった。ブルゴーニュ公爵がフランス王の弟を殺したため、その復讐として当時フランス王の王太子であったシャルル(7世)が、ブルゴーニュ公爵を暗殺したりするレベルに仲が悪かった。
ブルゴーニュ公国はイングランドと組み、フランスをぎりぎりといじめ抜く。その最たるものがさっき言った大人の複雑な事情(※トロワ条約)であった。ヘンリー6世のおじいちゃんにしてフランス王のシャルル6世は、ブルゴーニュ公爵にうまいこと説得()され、ヘンリー6世のパパのヘンリー5世(娘婿)を自分の摂政にして、そのあとヘンリー5世とその子孫にフランス王位を譲ることにした。シャルル6世の息子であるシャルル7世は「普通にオレの立場無くね!?」とマジでキレた。当然であるが自業自得な感じもしないではない
 ブルゴーニュ公国はそういうこともやってのけてしまうんですね!

ヘンリー6世「ぼくにフランス王位をゆずってよ! おじいちゃん!」
シャルル6世「はははっ、ヘンリーはいい子だし、そうしようか〜」
シャルル7世「は!?」

 そういう関係もあって、ヨーク朝のエドワード4世としてはブルゴーニュ公国と仲良くしておこうと考えた。しかし、ウォリック伯が持ってきたのはフランスの縁戚との縁談。ウォリック伯はどうやらフランスびいきだったらしいのだ。エドワード4世としてはなんとしてでもこの縁談を回避したかったのだろう。

すけべをすることにした。

oh…

 つまり、なーんの利害もない女(エリザベス)を王妃にして、その親族を取り立てて自前の勢力を作ることにしたのである。

エドワード4世は賢かった——☆

 そんなわけで、そのことでウォリック伯はキレてしまう。

 作中では、エリザベスもヨーク家に食い込んで(仇を討とう)としているが、実はエドワード4世としても、仇討ちはまだしも、エリザベスの考えていることは自分の目論見と一致していたようだ。

参考文献

トレヴァー・ロイル著、陶山昇平訳『薔薇戦争新史』2014年、彩流社
尾野比左夫著『バラ戦争の研究』1992年、近代文藝社
青山吉信編『世界歴史大系 イギリス史1』1991年、山川出版社
陶山昇平著『薔薇戦争 イングランド絶対王政を生んだ骨肉の内乱』2019年、イースト・プレス
服部良久他編『大学で学ぶ西洋史(古代・中世)』2006年、ミネルヴァ書房
堀米庸三編『西洋中世世界の展開』1973年、東京大学出版会
佐藤猛著『百年戦争 中世ヨーロッパ最後の戦い』2020年、中公新書

 他にも何か参考文献が欲しいところ。

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