ビターバレーの狩人 第3話
「おい、しっかりしろ!」
白銀の髪の青年が俺を抱きかかえる。しかし、妙に細い腕だ。
「あ、ああ、大丈夫」
「良かった、意識ははっきりしているようだな。しかし、ひどい怪我だ。早く手当てをしなければ。立てるか?」
俺は青年の手を借りながら立ち上がる。少しふらついたけど、何とか立てるみたいだ。
「あの、あなたは狩人隊の人ですか?」
「ああ。私は東京都対ノクサ狩人隊渋谷区所属、駒形イズヤだ」
「渋谷区……? 白羽の仲間なんですか?」
「そうだ。もしかして、莉都が連れてきた新人というのは貴様か?」
「うん、そうだけど」
舐め回すように俺を眺めるイズヤ。よく見ると、どこか中世的な顔立ちをしている。
「解せぬ、何故莉都はこいつを……」
「な、なんだよ」
「こいつがノクサを狩ったとは思えん。何かの間違いだ。そうだ、きっとそうに違いない」
ぶつぶつと独り言を呟くイズヤ。もしかして、こいつ白羽に気があるのか?
「ところで、莉都はどこだ? 一緒に来ているんだろう?」
「ああ。あっちのほうに……」
俺が指差す方向では、未だにノクサの大群がはびこっていた。白羽、無事かな。
「ちっ、まだいるのか」
イズヤは剣を振りかざし、ノクサの大群に向かっていった。そして、目にも止まらぬ速さでノクサを斬っていく。
「くそっ、莉都! どこにいる、返事をしてくれ!」
イズヤがどんなに呼びかけても、聞こえるのはノクサの呻き声だけ。もしかしたら、白羽はノクサにやられてしまったのかもしれない。一抹の不安がよぎる。
「おい、貴様! 莉都は無事なんだろうな!?」
「わかんない……生存者を探してくれって別れたっきりだから……」
「ちっ、無茶をするなとあれほど言ったのに……」
唇を噛みしめるイズヤ。そんな彼にノクサの魔の手が迫る。
「おい、後ろ!」
俺の声を合図に、ノクサはイズヤに襲いかかる。ヤバい、間に合わない。イズヤの手を引いて攻撃をかわそうとしたその時、ノクサの後頭部に銃弾が命中した。俺は何が起きたかわからず、周りをキョロキョロしていた。
「こっちだよ、近江瞬太郎君」
声がするほうに目を向けると、黒縁眼鏡をかけた長身の男性が立っていた。その手にはノクサを撃ったとみられる銃が握られている。
「支部長、ご無事でしたか!」
「おうよ。本部の人間は皆無事だ……おっと、まだ死んでいなかったようだ」
撃たれたノクサが奇声をあげ、襲いかかる。
「まったく、しつこい奴だ」
支部長と呼ばれた男性は、二発目の銃弾をノクサに見舞った。銃弾は急所に命中し、ノクサは絶命した。
「駒形」
「は、はいっ!」
「後ろにも眼を持てとあれほど言っただろ。油断するな」
「はい、申し訳ございません」
イズヤは深々と頭を下げ、猛省している様子だ。そんな彼に冷ややかな視線を送った後、支部長は俺に近寄って来た。
「近江君、初めまして。俺は東京都対ノクサ狩人隊西支部長、東雲冬人だ。今後君は俺の管理下に置かれる。よろしく頼むよ」
東雲支部長に握手を求められ、俺もそれに応じる。
「そういえば、白羽は一緒じゃないのか?」
「一緒だったんですけど、はぐれちゃって。無事かどうかもわからないんです」
横から痛いくらいの視線を感じる。イズヤだ。
「そうか……。まぁ、あいつのことだし無事だろ。はっはっは!」
「支部長、莉都の命を軽んじないでください!」
「おーこわっ。やっぱ渋谷の銀狼は怖いですなぁ」
「その呼び方、やめてください。恥ずかしいから」
支部長は割とフランクな人のようだ。少し安心した。
「おい、貴様。莉都を探しに行くぞ。ついてこい」
「その必要はないわ、イズヤ」
その声と共にやって来たのは、長い黒髪の女性と白羽。良かった、無事だったんだ。
「江名本部長……ご無沙汰しております!」
「挨拶は後にして頂戴。私はそこの少年に用があるの」
「はっ、申し訳ございません!」
本部長と呼ばれた女性が俺に歩み寄る。
「近江瞬太郎君、ようこそ狩人隊へ。君の決意に感謝し、狩人隊の一員として迎え入れよう。東雲や莉都、イズヤと協力し、ノクサ殲滅に向け邁進して頂戴」
「はい、ありがとうございます!」
「ということで、私についてきて頂戴。この世界が今、どういう状況になっているか説明してあげる。あ、東雲たちは館内の後片付けをお願い。本部の人間は皆シェルターに隠れているわ」
白羽たちは、本部長の指示で各方面に散っていった。白羽に去り際「後でね」と耳打ちされて、少しドキッとしてしまった。
俺は本部長に連れられ、本部長室にやって来た。室内には、見るからに高そうなオブジェや剣、銃などが壁に立てかけられていて物々しさを感じさせる。
「近江君は、ノクサについてどれくらい知っている?」
「……人類にとっての害悪、ってことくらいですかね」
「そうね、正解よ。ただ、それだけではないの。今のノクサはウイルスを持っているの」
「え、ウイルス……?」
本部長は額の真ん中を人差し指で押しながら、言葉を続ける。
「今のノクサは4年前から出現しているのだけど、それと同時期に行方不明者が多数出ているの。警察がいくら探しても彼らが見つかることはなく、時間だけが過ぎていったわ。そんなある日、我々が倒した一体のノクサを解剖したら行方不明者のDNA型と一致していたの。このノクサは純粋なノクサではなく、ノクサが持つウイルスに感染して変化した人間だということが判明したのよ。ちなみに、このウイルスに対抗する策は未だに見つかっていないわ」
「そんなこと……あるんですか?」
「あったのよ。これが解剖結果」
本部長が見せてくれた部外秘の判が押された紙の束には人間がノクサウイルスに感染し、ノクサに変貌したという研究結果が書かれていた。
「それじゃあ、俺たちもウイルスに感染する可能性があるってことですよね?」
「その通り。だから狩人隊に入隊する子たちにこうやって意思確認をしているの。『自我を失う覚悟はあるか』ってね」
知らなかった。白羽もイズヤも東雲支部長も、明日ノクサになってしまうかもしれない覚悟で戦っていることを。みんな、生半可な気持ちで狩人隊にいるわけではないんだ。
自分の命を犠牲にしても、他者の命を守るために戦っているんだ。
「近江君、君は自我を失う覚悟はある?」
俺がノクサになってしまったら、白羽に殺されるのかもしれない。怖いけれど、白羽に殺されるならそれはそれでいい。他の誰かよりはずっと。
いやいや、ノクサになる前に俺が倒すんだ! 次の犠牲者が出る前に、俺がノクサを倒すんだ!
迷いを振り払い、俺は本部長を真っすぐ見つめる。
「はい」
俺の返事を聞き、本部長はにんまりと笑顔を見せた。
「よろしい。改めて、東京都対ノクサ狩人隊への入隊を認める」
その言葉に、ぐっと身が引き締まる。
「よろしくね、近江君。期待しているよ」
ここから、そして今日から。世界を救うための戦いが始まった。
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