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INHALE #シロクマ文芸部

透明な手紙の香り。それは朝の匂い。やや甘くて、すううっと光っている、冷えた風の香り。

朝、春、若さ。そういうものにこそ、私は消失を思う。

消失には2種類あって、吸収と、離散。

たとえば朝食のベーグル。もふもふしたあの生地は私の体内に吸収される。でも、ベーグルの真ん中、あの穴は。食べる前には、たしかにある。食べたあとには、空気中に溶け込んで消える。

世の中の全てのものが消えるなら、私はその全てを取り込んでしまいたい。手に入らないあの穴のために、私はベーグルが悲しくなる。

私の、何でも写真に撮る癖を、あのひとはちょっと顔を顰めて嗜めた。透明な手紙の香りは。とそのひとは言った。それは愛の手紙。やや甘くて、すううっと光っている、柔らかな風の香り。写真なんかには映らないのだと。

あのひとと肩を寄せ合って食べたベーグルの穴に溶けていった私たちの静かな笑い声が、物質のベーグルが消えた瞬間に空気中に離散して、私の頬に涙が流れた。けれどいつか、それは透明な手紙となり、朝の清冽な風にのって、私の肺に吸収されるのかもしれない。

透明な愛の手紙の香り。朝、優しい気持ちで眼を閉じれば、消失した全ての美しいものを届けてくれる。



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