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【韮山反射炉】2015年世界遺産登録「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」に今あらためて訪れて感じたこと

こんにちは!日本史学び直し中のaoi@パラレルキャリア構築中と申します。

今日は2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」で世界遺産に登録された韮山反射炉(にらやまはんしゃろ)についてレポートしたいと思います。

日本の世界遺産は25

2022年3月現在、日本には世界遺産が25あります。(文化遺産20、自然遺産5)(文化庁ウェブページより「日本の世界遺産一覧」)

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/sekai_isan/ichiran/

韮山反射炉は2015年に登録19番目

2015年(平成27年)に、日本で19番目となる世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が正式登録されました。(文化遺産オンラインウェブページより)

23からなる構成資産のひとつが「韮山反射炉(にらやまはんしゃろ)」になります。(世界遺産オンラインガイド>日本>明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業> 韮山反射炉より)

https://worldheritagesite.xyz/contents/nirayama/

韮山反射炉

韮山反射炉は静岡県伊豆の国市にあります。

公共交通機関利用の場合は、JR三島駅から伊豆箱根鉄道に乗り換えて、伊豆長岡駅下車徒歩30分。(観光周遊型バス「歴バスのる~ら」あり)

車の場合は、東名高速道路または新東名高速道路で「沼津インター」または「長泉沼津インター」→ 伊豆縦貫道「江間インターチェンジ」→ 韮山反射炉」。(伊豆の国市ホームぺージ > 学び・文化 > 文化財 > 国指定史跡韮山反射炉 > 韮山反射炉へのアクセスより)

https://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/bunka_bunkazai/manabi/bunkazai/hansyaro/documents/hansyarohenoakusesu.html

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こちらが韮山反射炉の入口になります。とても綺麗な施設でした。建物内入口で入場券を購入した後、映像や展示物を見てから外に出て、この建物裏側にある反射炉へと向かいます。

無料ガイドサービス(無料・約20分)があるので、お時間が合う方は、ぜひガイドさんと共に見学されることをおススメします。ガイドさんの説明がある・なしでは、理解度が全然違うと思いますので、せっかく遠くから訪れたのでぜひ利用したいですね!(伊豆の国市ウェブページ > 学び・文化 > 文化財 > 韮山反射炉ガイドより)

https://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/hansyaro/sekaiisan/nirayamahansyarogaido.html

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韮山反射炉は、1840年のアヘン戦争を契機に、欧米列強のために日本の軍事力を強化するため、1857年に江川英龍・英敏により完成したそうです。

当時は伊豆半島の先端の下田に建設予定だったそうですが、ペリー艦隊の水兵さんが敷地内に入ったとのことで、急きょ下田より内陸である現在の場所に移動して建設されたそうです。(伊豆畑毛温泉大仙家ウェブページ > 韮山反射炉より)

反射炉とは、鉄を溶かして大砲を作る溶解炉とのことで、そのままの形が現在まで残っているのは、ここ韮山反射炉と萩反射炉の2か所だけだそうです。そして本当に大砲を作ったのは、ここ韮山反射炉だけだそうです。

まとめ

1945年の第二次世界大戦以降に生まれた、現在77歳以上の人達は戦争を知らないまま今まで生きて来れました。でもわずか160‐170年前の日本では、海外から攻められることを想定して国内で急ピッチで大砲を作っていたわけで。

ウクライナとロシアの戦争が起きている現在、このような施設を改めて訪れると、日本も明日は我が身であり、この戦争のない77年の間に生まれたことに感謝しなくてはいけないと強く感じました。

そして大人になって歴史を学び直すことは(学生の時にただ暗記しただけの歴史とは違って)、その人の人生に深みを与え、日本人としてちゃんと学んでから死ななくちゃ、と思いました。

旅先で歴史に詳しいご年配の方々と接すると、大人としての余裕を感じ素敵だなといつも思います。私もそのように年を重ねていきたいと思いました。


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