魔法のしっぽ

少し風が出てきた様だ。
「さてと…」独りなのだから声に出す必要もないのについ声に出る。そろそろ年かなと自虐しつつ、ゆっくり立ち上がり歩き出す。
そう、私は独りだ。

笑い合い、ふざけ合い、キラキラと輝いていた季節はもう通り過ぎてしまったのだ。
真似事の友情や愛情に夢中になって、自分の年すら忘れてしまっていた。
空を見上げて、ただ楽しかったと思い出す。
今私の両手には何も残っていないから。

数ヶ月前まで私は魔法の中にいた。
若い友だちと大好きな彼。
声と文章の世界では年なんて関係ない。私はすぐに夢中になった。
年甲斐もなくとはまさにあの時に使うべきだっただろう。
大好きな友だちと笑い合い、大好きな彼と毎晩電話をして、宝石の様な日々にどんどん夢中になってしまった。
くすくす笑い、そのまま寝落ちして朝まだ彼とつながっている幸せ。
毎日ただいまとラインが来て、夜中には電話をする。幸せすぎて目の前が見えなくなってしまう程だった。

しかし幸せはそう長くは続かない。

ほんの小さなすれ違いが誤解を生んで、彼は私から離れていった。
私が自分で壁を作ってしまったのかもしれない。
人生には思わぬ事が起こるものだ。

友だちとももう電話もメールもしていない。
それが普通になってきている。
寂しくないと言ったら嘘になるけど、元々が嘘の世界だったのかもしれないから、それも仕方がない事だ。

それにしても彼は素敵な人だったとまた懐かしむ。おおらかで優しくて、いつも私の悩みを吹き飛ばしてくれた。
今でも突然『やあ!』と元気な声で電話が来そう。
それとも、もう忘れてしまったかな。
颯爽と前だけを向いて歩いているのも彼らしい。

私はといえば、同じ場所に佇んで、せめてもう一度魔法が起こらないかと馬鹿な夢を見ている。
戻って来て欲しくて駄々っ子のように地平線を見つめている。
毎日のように…。

私もそろそろ歩き出す時だと思う。
魔法は起こらない。
わかりきった事。
ため息をつくたびにあの日々が遠のいていくようだ。

雑踏の中で彼の匂いを嗅いだ気がした。
ああ、こうしていつまでも忘れられないのだろうか。
魔法使いは何か忘れ物をしていったのかもしれない。
魔法のしっぽが私の周りを飛び跳ねて、彼の想い出を胸に蘇らせる。

ため息をまた一つ。
さよならを告げなかった彼に少しばかりの恨み言と素敵な想い出に感謝を込めて。

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