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800字日記/20221026wed/109「味のないおにぎり」

起きた。昼過ぎだ。天気は良い。体が重い。はて昨日が思い出せない。部屋に新しい掛け布団がある。買いに行ったのだ。スマホをひらく。自分の日記を見る。ロードバイクで走った、空のあおさ、風のつめたさ、ひろった手袋、缶コーヒーをくれた老人を思いだす。が、この湯気たつ美味そうなうどんははてどんな味だったか? 美味しかったはずだが。

あっぱれな秋晴れだが気分はふさぐ。齢からくるものか季節性のウツかわからない。こういった類のふさぎになると、決まって味覚が壊れる。なにを食べても美味しく感じない。コロナに罹ったことはないが、味覚麻痺とはちがうと思う。舌の麻痺ではなく、おなじ味のはずだが脳がにぶって味から広がる幸福感が薄まる。音楽も仕事もセックスもそんな気がする。

掃除を終え、ロードバイクを担いで降りる階段でパンクに気づく。部屋に戻る。部屋の空気入れが壊れている。自転車屋さんに来てもらう。

気を取り直してでる。途中スーパーでおにぎりを買う。空港のさきにある漁村の入江に入って、赤松の防風林に沿ってならぶ墓地をぬけると右手にスケボー禁止の看板が見える。その先に浜がある。

冬の浜は寂れている。そう感じるのはウツのせいか。浜は行政に変にテコ入れされて岩が嵌めこまれた牙城のようになって砂浜がほとんどない。

ベンチに座っておにぎりを口に入れる。やはり味を感じない。左から波打ちの音が聞こえる。右でセスナがとぶ。前は四国だ。双眼鏡があれば伊方原発が見える。前の水面を魚が二匹、ぴょんぴょんと跳ねる。

五時の夕焼け小焼けの時報が聞こえる。陽が暮れてくる。

右手からジャンボジェットが目の前で旋回して四国の上空へ消えていく。

右手にもつこの味のないおにぎり。海に投げて魚にやろうかな。

足元でキュルキュルと虫が鳴く。エンマコオロギだ。時を忘れて聞き入る。つがいのようだ。求愛で必死に鳴いている。

「求愛っていいな」

おにぎりをちゃんと食べて帰る。
(800文字)


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