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恐怖の階段落ち(シーン2) /蒲田行進曲 / 深作欣二監督 / つかこうへい原作 / タイピング日記060

1073文字・20min


■これはCDからのセリフ起こしです


◯映画セットの前

銀四郎
監督、監督。本当のところ聞かせてもらいましょうか。この映画、この倉岡銀四郎が主役なんですか。それとも橘なんですか。

監督
それはもちろん、アンタだよ。

銀四郎
だったらなんでこのセットが中途半端なまま放りだしてあるんですか。いや妙なうわさ聞いたんですけどね。ラストシーンの池田屋の階段落ちが中止だなんて、そんなバカな話ありませんよね。

監督
それが中止なんだよ。

銀四郎の取り巻き
ええ!

銀四郎
ありゃおれの最後の見せ場じゃねえかよ。おれらこの階段の上からよ、浪人を真っ逆さまに切り落とす。一番かっこいいところじゃねえかよ。

監督
会社がオッケーしないんだよ!

銀四郎
そりゃ会社は立場上、反対しますよ。でもやらなきゃやらねえで、脳ナシって陰口たたきますよ。

監督
警察だってうるさく言ってきてるんだぞ。

銀四郎
そりゃ警察は立場上、止めるよ。ひとひとり死ぬかもしれねえんだから。でもそれを押してもやるのが映画なんじゃないの? 第一階段落ちのねえ新選組なんかお客が入ると思いますか? そうだろみんな?

銀四郎の取り巻き
ううん。

取り巻きのひとり
入るわけないですよ。なあ。

取り巻きのひとり
おれだって見たかねえよ、そんな新選組。

銀四郎
いやおれも腹割っていうとね。この階段落ちがなかったら橘の方がいい役になっちゃうと思うんだよ。いまだってどっちが主役かわかんねえんだから。

監督
これはおれの映画だよ! おれの映画だ! 監督だぞおれは!

銀四郎
ま、まま。

取り巻きのひとり
それじゃ、おれたちの映画だってことにしてさ。

取り巻きのひとり
階段落ちやりましょうよ。

監督
おれだってやりたいんだよ、本当は。なんのためにこんな化け物みたいな階段作ったと思ってるんだ。ところがな、落っこってくれるヤツがいないんだよ。東京から呼んだスタントマンもビビって、逃げて帰っちゃったんだよ。そうだ銀ちゃん。だれか心当たりないか? この天辺から転がり落ちて、背骨を折っても、どたまカチ割っても平気だっていう威勢のいいの。死んで客を大入りにしてくれる映画バカ、いないかねえ銀ちゃん。昔のスターさんにはそんな子分も五、六人はいたっちゅう話だけどね。

銀四郎
どうなんだ、てめえら!

取り巻きたち
へへへ。へへへ。

監督
無理だよな、今どき。ま、お互い悪いときに映画界に入っちゃったよね。人名尊重、暴力否定のご時世だもんな。さて、美術部さんよ、どうしますか? せっかく作った階段だけど、三分の一にぶった斬って、平和ニッポンにふさわしいセコーい階段に作り替えますか。






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