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ワーホリ中断を決めて帰国するまでの記録

2019年9月末からアイルランドにワーキングホリデーに行っていましたが、新型コロナウイルスに伴う様々な影響を考慮し、3/25に帰国しました。その経緯を記録しています。
ビザはあと半年残っており、ワーホリビザも年齢的にラストチャンスだったため悔しさもありましたが、納得して決めました。
アップが遅くなってしまいましたが。数ヶ月前の雰囲気を思い出しつつ読んでいただければ幸いです。

3/14 sat
毎週行っていた英語meetupが軒並み中止になり、滞在する醍醐味の大きなひとつを奪われた感。SNSで友達とビデオチャットしようかと考え始める。アマビエの絵をupした。

3/15 sun
天気がいいので徒歩圏内のBushy Parkという公園へ。大きな池があり、自然豊かで美しい。自然の美しさを楽しむだけでも滞在する価値があるのでは、と思えた。人はけっこう多かった。この日ハウスオーナー(同居しているアイリッシュ女性。以下オーナー)は両親と登山に行っていたが、そこも結構混んでたらしい。

3/16 mon
・とにかく出来ることをやろう。瞬間英作文という本の英文を声に出して録音した。これは発音矯正に効果大ときいていたものの、恥ずかしくて避けていた。もっと早くやれば良かった。
・数日前に学校が一斉休校になった。オーナーは大学教授で、自宅勤務になり、オンライン授業の準備やメールの返信で忙しい。くだらない質問メールに追われてストレスフルだと言っていた。
・Instagramのストーリーで「誰か、英語でビデオチャットしませんか?」と声をかけた。

3/17 tue
・St.Patrick Dayという大きな祝日。普通ならパレードが行われたり、仲間とパーティーしたりパブに行ったりするが、パブは全閉鎖され、皆家で過ごすことに。
・友人と45分ぐらいInstagramでビデオチャット。良かった。meetupは人が多いから、1人としっかり英語話すにはビデオチャットのほうがむしろいい。近況をシェアして不安が和らいだ。
・ギネスビールの缶と惣菜を買って、1人で宅飲みした。久しぶりに飲むギネスめっちゃ美味かった、缶でも充分うまい。私はアイルランドに来てギネスが好きになった。

3/18 wed
オーナーの友人の看護師もシェアハウスに住んでいるが、ここ数日帰ってきていなかった。
昨日勤め先の病院で感染者が出たから、近いうちにシェアハウスを出てキルケニーの実家に移るとのこと。。ショッキングだった。

オーナーはそれを伝えてくれたついでに、今の状況や考えを色々話してくれた。
・親が高齢だから感染リスクを持ちたくない。外に出ないでほしい。
・もしロックダウンがあれば親が住んでいる家に移りたい。シェアハウスの管理は出来なくなる。
・帰国するなら早い方がいい。帰国ルートはどんどん狭まるだろう。
・住むのは構わないけど、外に出られないならあまり意味がないのでは?と思う。
・通常は次に住む人を探してから出るという決まりだが、この状況だからその必要はない。

私はこの時初めて、帰国という選択肢を現実的に考え始めた。

応募していた仕事で唯一、結果待ちだったところに催促メールをしてみた。ゲーム会社の翻訳チェックなどの仕事で、一次選考(言語テスト)を受けたきりだった。
返信がすぐきて、「遅くなってごめん、忙しかった。言語テストは合格だ。金曜日にskype面接しませんか?」とのこと。。せっかくなので、面接を受けることに。

3/19 thu
・帰国するかどうか迷いつつ、この日はSkype面接準備にフォーカスした。3月上旬に途中まで準備していたので、受け応えの用意は完了できた。少し声に出して練習もした。
・その会社の仕事は、ゲームをプレイしながら日本語訳や内容に不適切なところがないかを細かくチェックするというもの。私は以前、派遣社員で銀行の事務センターで働いており、そこで1文字ずつ書類をチェックするような仕事もしていて、結構気付けるほうだったので、向いているとは思った。ただ、ずっとやっていきたいような仕事内容ではない。
・企業研究として会社のサイトを英語で読んだら、かなり良い勉強になった。Google翻訳に少しずつ差し込んで読む。私はフリーランス業のメインがweb制作なので、英語サイトを読むのはかなり身になるのでは、と気付いた。コーポレートサイトあるいはECサイトなど、それぞれに使われがちな表現というものがありそうだし。

3/20 fri
長い1日。午前11時からインタビュー。その前に少し外に出て、自己紹介や長所短所などを声に出して読んだ。暗記とまではいかなかったが、Skype面接なのでカメラの奥にカンペを仕込めば読みながら回答できる!
インタビューは40分ぐらいで終わった。2回ほど、インタビュアーの言っている意味がわからないことがあったり、想定していなかった質問が来て詰まっところもあった。けど、全体としてはそれなりに準備の甲斐があった。自分のスキル(英語+日本語+PCスキル+細かいところに気付きやすい)が活かせることは伝えられたし、悪くない反応だった。
ただ、改めて会社の仕事形態を聞くと
・仕事は案件ベースで、いつ始まるか未定。コロナの影響もあり、本当にわからない
・私が応募した仕事分野のリモート環境は用意できておらず、通う必要がある
という感じだった。通常なら開始日未定でも働きたいと思ったが、この状況で、貯金も無い状態で現地で待つのは厳しいな、と正直思った。
合否結果は3/23月曜日に届くとのこと。

インタビューが終わり、現状を大阪に住んでいる家族に報告したくなって、気付いたらLINEの家族グループチャットのビデオ通話ボタンを押していた。渡航してから半年、テキストでは連絡を取っていたが、通話したのはこの時が初めて。
日本は晩。家族は通話に応じてくれた。何も変わらない実家と家族の様子を見たら、いつのまにか泣いてしまった。

私は他人の感情に影響を受けやすいタイプで、例えば会社で誰かがモメている声が聞こえると、自分には関係なくてもツラくなってしまい耳栓したりする。ここ数日、コロナに敏感になっているオーナーの様子を感じており、それがストレスになっていたんだなと気付いた。出て行けとは言われてないけど、出て行った方がいいんだろうな、と感じていた。かといって、ダブリン内で今から家探しして引っ越すのも面倒だし、新しい家の人とうまくやれるかどうかも運次第だ。

そんな中で、親に「帰っておいで」と言われ、90%ぐらいは帰るほうに気持ちが向いた。でもまだ少し悔しかった。

***

昼過ぎ、友人の佐々木明日華ちゃん(twitter: @asukax0x)に写真撮影してもらうため、中心街へ出た。
自転車で行くつもりだったが、久しぶりに自転車置き場に行くと、サドルが90度曲がっていた。。いたずらだろう。硬くて自分の力では戻せないので、仕方なくバスで向かう。

撮影は楽しかった。

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この時はまだ飲食店の営業は店主に任されており、開いている店もちらほら。NERO Cafeというチェーン店のカフェでお茶した。
明日華ちゃんに面接のことや、帰国を検討していることなど近況を話した。
彼女も、ダブリンでやりたいことや個人的な事情を色々話してくれた。確固たる「ダブリンに残る」という意志を感じた。そして「迷うなら、帰れるなら、帰った方がいいと思う」とも言ってくれた。

帰りのバスの中で、自分の場合は今帰国した方がいいな。と決断できた。
帰宅後すぐ航空券を調べた。恥ずかしながら給料日前で飛行機代が払えなかったので、親に振り込んでもらうよう連絡した。

夜、また別の友達とInstagramでビデオチャットした。日本語少しわかるメキシコ人で、ダブリンで働いている。帰国を決断したと伝えたら、驚いて寂しがってくれた。帰国後も連絡を取り合おうという話をした。
オーナーにも帰国を伝えると「ベストな判断だと思うわ。当時は空港まで車で送ってあげる」と言ってくれた。


3/21 sat
・親からの振込を確認し、目星をつけていた航空券を買った。23日夜の出発予定。
・実はコーディングの仕事を引き受けていて、この日は1日仕事した。帰国途中はどれだけ時間取れるか分からないので帰国前になるべく進めたかった。
・オーナーに「やっぱり空港まで車で送ることはできない」と言われた。昨日私がバスに乗ったからだ。少しショックだったが、確かに公共交通機関は感染リスクが高い。代わりにタクシーを手配してくれるとのこと。
・合間に友達とビデオチャット、荷物パッキング途中まで。


3/22 sun

・飛行機の便が変更になり、半日ほど出発が早くなった。タクシーを手配してもらった。
・荷物パッキング完了。仕事を出来る限り進める。

珍しく晴れていた。少しの時間、最終日を噛み締めるように近所を散歩し、写真を撮った。
・いただいた仕事について事情を話し、納期をずらせないか打診したら、結局別の人に仕事を回収してもらうことになった。ご迷惑をおかけしました。。
・友達とビデオチャットした。


3/23 mon
朝、オーナーと部屋の退室チェックをして、2ヶ月ほど滞在させてもらったお礼を伝えた。この状況でバタバタと帰国するのでプレゼントを用意する余裕はなかったが、一言手紙と、余っていた飴を少し添えた。事態が落ち着いて、また来てくれたら歓迎するわ、と言ってくれた。そして、数万円のデポジット(敷金みたいなもの)をきちんと返してくれた。もしかしたら返ってこないかも…と思っていたのでめちゃくちゃ嬉しかった。

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オーナーが手配してくれたタクシーでダブリン空港に到着。
エミレーツ航空でダブリン→ドバイ→関西国際空港の予定だったが、ダブリンでチェックインした後に、ドバイ→関空キャンセルの連絡が来た!
25日以降のエミレーツの便が全て止まるというニュースが出ていたが、私はギリギリ乗れると思っていた。乗れないのか…。エミレーツの替えの便も無いという。
とりあえずチェックインした荷物は返ってきた。
この日、友達がアエロフロート航空のモスクワ経由→成田の便で帰国するとのことだったので、それと同じ便を買いなおした。
関空に直接行けないのが残念だが、エミレーツとほぼ同額で、友達も一緒なので結果良かった。ただ、ダブリン空港での待機時間が延びて、結局朝から晩まで、ガラガラに空いたターミナル2で過ごした。

夕方頃、20日にSkype面接した会社からメールがあり、「プロジェクトが始まったら、ぜひ参加してほしい」とのことだった。合格ということだ。
でもやっぱりこの状況で、ダブリンに残って参加しますとは言えなかった。色々タイミングや状況が違ったら参加しただろう。「実は、今日の便で帰国します。ワーホリのビザはあと半年あるので、プロジェクトが始まったら連絡してください。可能であればぜひ参加したい」というような返信をした。

夜、友達と合流して飛行機に乗った。共通の友達が迎えにきてくれたのも嬉しかった。空港でアイルランド土産を急いで買った。


3/24 tue
モスクワ空港で14時間滞在。モスクワ空港で話しかけてくれた日本人の女の子も加わり、3人で待機時間を過ごす。人の少ない椅子で仮眠したり、だらだら話したり。空港内の店舗は一部オープンしていた。ハンバーガー屋で昼からハンバーガーとビールを食べた。志半ばで帰国することになった悔しさや政府の対応へのモヤモヤ、アイルランドの思い出など話し、すっかり友達になった。


3/25 wed
延期が決まったばかりの東京オリンピックの広告に迎えられ、成田空港に到着。
検疫はユルかった。その後改善されたようなので詳述しませんが、ざっくり言うと
・帰国経路の確認
・空港〜帰宅までの経路予定(公共交通機関を使うなという「要請」が出ている)
・14日間の隔離の予定場所、連絡先
などを紙に書くだけだった。検温・検査は無かった。
公共交通機関を使わない場合、遠方で頼る人がいない場合は何十万という費用をかけて車などで帰宅するか、都内のホテルなどに14日間泊まることになる。そのお金は政府から出ないのであくまで「要請」。やむなく公共交通機関を使って帰宅し感染した場合「自己責任」になる。
私は大阪、友達は北海道と九州。結局3人とも成田空港から各自、公共交通機関で帰ることにした。
(幸い、3人とも14日間の隔離期間を過ぎても感染症状は出ませんでした。)

フードコートでぼてぢゅうのモダン焼きを食べて、美味すぎて感動。フードコートに手洗い場があってアルコールが置いてあることにも感動。ダブリン、モスクワの空港ではトイレに行かないと手を洗えなかった。

Peachで関空に着き、母に車で迎えに来てもらって帰宅。半年ぶりに湯船というものに浸かり、気持ち良すぎて感動。

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そこから自宅1階での14日間の隔離生活を無事に終え、それからさらに2ヶ月ぐらい経とうとしています。帰国してからは自宅で引き続きweb制作などの仕事をしつつ、語学学習などもマイペースに行っています。

ワーホリは予定より短くなってしまいましたが、それでも半年海外に1人で住んだことは初めてでしたし、様々な出会いや経験ができて、心から行ってよかったと思えます。コロナの影響で帰国することになったことも含めて、人生の中で忘れられない出来事になるでしょう。
また状況が落ち着いて自由に行き来できるようになったら、アイルランドおよび他の国を必ず訪れたいです。
今後も近況や書きたいことがあれば不定期にnoteに書きます。

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