凍える地にて。

凍える牢獄、ゴッカン。
この寒き地で作業に勤しんでいるのは、シュゴッダム前国王、ラクレス・ハスティー。
前の決戦での功績が考慮され、死罪の判決は撤回されたがそれでも尚罪人…模範囚としてゴッカンに収容されている。
「ラクレス様〜!お努めご苦労さまでございますわ!」
一面の銀世界を渡りながらこちらに手をふるのはトウフ国王の妹にしてラクレスの妻、スズメ・ディボウスキ。
長年ラクレスに付き添ってきた彼女の罪は収容には至らない軽微なものだったが、「ラクレス様とわたくしを引き離すなんて非道いですわ〜!」というスズメの涙ながらの訴えのおかげでスズメはラクレスと共に過ごせる事になったのだ。
「ありがとう、スズメ。此処に来るまで大事はなかったかな?」
ラクレスは、大荷物を持って歩いてきたスズメを労る。
「大丈夫ですわ。トウフの女は頑丈ですことよ?」
軽く胸を張るスズメ。ゴッカンに夫婦の住まいを移すため、彼女はトウフとシュゴッダムに荷物をとりに一時帰国していたのだ。
「それは良かった。トウフやシュゴッダムに比べて此処は寒いからね。」
そんな妻の様子を見て安堵するラクレス。
「まぁ…!そんなに心配してくれるなんて嬉しいですわ!!ラクレス様、好き!」
スズメも夫の気遣いに感激し、頬を紅潮させながらラクレスに抱きついた。
ラクレスは突然の衝撃に少しばかり蹌踉めくが直ぐに持ち直してそっとスズメの肩に触れる。
「そういえばラクレス様、ギラ様がお見合いをお始めになった事はお聞きでして?」
ラクレスにそのままくっつきながら、顔を見上げてスズメが問う。
宇蟲王を斃し、チキューに平和が訪れたことでラクレスの弟…現シュゴッダム国王ギラ・ハスティーのお見合い話がここぞとばかりに舞い込んできたのだ。
「うん、裁判長づてに知ってるよ。そうか…ギラも結婚するんだな…」
ラクレスは頷き、ふと弟に思いを馳せる。
「あらラクレス様。まだお見合い話があるというだけですわ。」
ラクレスをみて微笑むスズメ。
「だけどギラはいずれは妻を娶る身だろう?それに王として子を…後継ぎを産むことも考えなくちゃいけない。」
「そうですわね…」
一国の国王として、世襲制の国として、弟は跡継ぎ問題に向き合わなければならない。ギラを心配している夫を見てスズメは続いて
「ギラ様はあまりお見合いの事にピンと来ていらっしゃらないようですわ。貴族の方とはあまりお話した事無いから…といった具合でして。」
シュゴッダムに戻った際に兄から聞いた事をラクレスに伝える。
「ギラ様と仲の良い方ならデボニカさんとコガネさんがいらっしゃいますが…デボニカさんは結婚ということに乗り気ではないみたいで、コガネさんは興味がおありではあったのですが、ギラ様と年齢が少しばかり離れている事を悩んでおられましたわ。ヒメノ様とリタ様に関してはお二人共ご友人やお仲間という感じですし。」
ギラ様の婚約話はここで停滞しておられますわ。
そう言ってほぉ…と息を吐くスズメにラクレスは微笑む
「はは、彼ららしいよ。」
だが―
「しかし先程も言った通りギラは国王だ。いずれ来る時に備えて後継ぎをつくる事は大切なことだ。」
弟に対する結婚観については変わらないようだ。
「そうなんですわよね…だからわたくし考えてたのですが…」
それを聞いたスズメの笑みが増す。
「ラクレス様。」
スズメの声が急に小さくなる。
そこで気づいたラクレスがスズメの背の高さほどにしゃがんで耳を近づける。
「どうした?」
ラクレスが問うと、スズメはどこか気恥ずかしそうに囁いた。
「ギラ様の後継ぎにはわたくしとラクレス様のお子を養子にされてみてはいかがかと思って。」
「??…なっ…!!?」
一瞬わからなかったようだが、すぐに理解し慌てるラクレス。
「あら、ラクレス様は反対でして?」
瞳をうるませ、哀しそうに尋ねるスズメ。
「い、いや…私は大罪人だ。それに一度は死罪の判決を受けたこともある。」
ラクレスが動揺しながら答える。
「そんな男の子どもが国王の後継ぎなんて、他の王や民達にどう思われるか…」
必要な事だったとはいえ、多数の犠牲をだした自分の血を継ぐものを王の養子にだすなど…
そう、ラクレスは真意を語る。
「あら。」
夫の話を聞いていたスズメが口を開く。
「ゴッカンの次期裁判長…モルフォーニャさんをご存知ですわね?あの方は囚人夫婦の間にお産まれになりましたが…その実力でリタ様の側近に、次期裁判長候補にまで上り詰めましたわ。」
つまり子に罪はない。望むものになりたい、何かを成し遂げたいという強い思いと、努力があれば産まれた環境が辛くてもきっと乗り越えられる。
少し遠くで囚人達を元気づけているモルフォーニャを見つめながらスズメは伝える。
「それは…そうなんだが…本人に養子になるつもりがもしなかったら…私たちの判断で無理強いさせるのも気の毒だ。」
子ども達の選択肢は多いほうが良い。
そう考えているラクレスは呟く。
「その時はその時でまた考えますわ。」
スズメも引き下がらない。
「…」
それを聞いたラクレスは口を噤むと黙ってしまう。
「?ラクレス様、どうしましたの?」
不思議に思って首を傾げるスズメ。
「あ…その…少し気になっていたんだがどうして急にギラの見合い話を?」
そう問うラクレス。
それを聞いたスズメは心底嬉しそうなそれでいてどこか気恥ずかしそうな笑みを浮かべて囁いた。
「そろそろラクレス様とのお子が欲しくなってきた所でして。」
―子ども…?誰の?私とスズメの…?
先程と同じく、少しの間フリーズしていたラクレスだったが、妻の囁いた事を全て理解すると一気に彼は耳まで紅に染まり、先程とは比べ物にならないほど動揺した声をあげる。
「…!?!?な、なにを言うんだスズメ!!さっきも言った通り私は大罪人なんだ!それにこの地で、大罪人の立場で子どもをつくるなど、裁判長が許してくれる訳が無いだろう!?」
誰がどう聞いても震えている声でラクレスは叫ぶ。
「その言い方は少しは乗り気ということでよろしくて?」
スズメが意地悪そうな声で言う。
「なっ…それは…」
不意をつかれて一層動揺するラクレス。
「その事については裁判長…リタ様の了承を得ていますわ!」
恐らくいつものスズメお得意の泣き落としで了承をもぎと…いや得たのだろう。
逃げ場を無くしたラクレスがその大きな両の手で自身の顔を覆い、その場にしゃがみこんでしまう。
「ふふふ。わたくし、本気ですわよ。」
スズメも夫同様しゃがみこむとラクレスの目をみて言った。
「っ…善処するよ。」
これ以上ないほど真っ赤な顔で答えるラクレス。
「まぁ!嬉しいですわ!!」
つい声高く叫んでしまうスズメ。
「こらーそこイチャイチャするなって言ってるだろ!!!」
こちらに気づいたモルフォーニャが怒号をとばしてくる。
「…!!はは、そろそろ作業を再開しないとだね。」
「うふふ。そうですわね。」
ラクレスもスズメもお互いに顔を見合わせて可笑しそうに笑う。


―凍える牢獄、ゴッカン。
身も心も凍てつきそうなこの地に、あたたかな夫婦が一組いた。
こちらの心も溶けるような彼らの間に新たな生命が宿る日はそう遠くない未来の話である。











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