大好きな言葉に「人が生きるということは、ただ気持ちのよい風が吹くようなものだ」というのがある。 誰の言葉か忘れてしまったし、細かな表現は違ったかもしれないけど、このような文だった。 わたしは、とてもしっくりきた。 ふっと吹いて、気持ちいいな、となって、そうして終わっていく。 宇宙規模でみるとほんとうに風のような命だと思う。 命を比喩するにはあまりにもあっけらかんとしているけど、言い得ている、と思った。 それほどまでにさりげないけれど、確かに存在して、なにか撫でる。
ピアノを習い始めた。 子どもの頃、何一つ習い事をせず大人になった。 小学生だった当時、周りの女の子たちはピアノか習字か何かしら必ず習い事をしていたように思う。(とくにピアノが多かった) 小学校高学年の頃、合唱コンクールで伴奏者を決める際に、担任の先生が「ピアノ弾ける子〜?」と呼びかけたところ、自分以外全員の女の子が手を挙げていてとても驚いた。 習い事に通っていることやピアノを弾けることに対して劣等感を感じたり、私はこれが習いたい!という、強い希望は特になかった。 大好き
以前、テレビを見ていたとき、たまたまサーフィンをしている男性の姿が映し出されたことがあった。 彼はプロのサーファーらしく、さすが、うねる波をそのボードで押さえつけ瞬間瞬間の流れに乗っていた。 わたしはサーフィンのことは分からないけれど、この人はおそらく凄い実力者なのだ、と分かるくらい、それくらい彼の波乗りは目を見張るものがあった。 勢いよくやってくる波は一瞬一瞬かたちを変えうねり続けるが、ボードの上の彼はまるでそれに噛みつくように、瞬間瞬間を掴んで離さず、波に打ち勝ち続
去年の初夏、その月にあったお祝いで珍しく人から花束をもらった もうすぐやってくる夏をすこし取り入れたのか、花束の中央には小ぶりなひまわりが堂々と、一輪ささっている こちらがにっこりしてしまうようなオレンジ色が映えるその明るい花束を、わたしは家に持ち帰り、花があるといつもそうするように、お決まりの花瓶に移した 次の日も、その次の日も、ひまわりはちっともへこたれることなく、その燦々とした鮮やかさを放っていた そんな何日か目、わたしは部屋の中で、友達に習ったばかりのちょっとし
画塾に通っていたころ 私たちは日々、 組まれたモチーフに向かって 静物デッサンを行なっていた 深いグリーンの瓶の艶を、 焦げ茶色に毛羽立つ薪の肌を、 なんとかその目で捉えて、描きあげようとした 先生は言った 「もっと面白がれ」と 目の前にあるモチーフのことを もっと「面白がって」描けと その日のモチーフの中には、 グラスに入ったきゅうりが一本あった 「それがきゅうりだということを忘れたら、 どうだ? 不思議だよな。 なんだろう?その緑色のいびつな物体は? そ
初夏の緑道は あまりにも美しくクリアで、 全ての場面が とても貴重なワンシーンに思える サラリーマンの ワイシャツの肩が光って見える 老人の進める歩が 奇跡的なモーションに見える 目の前を歩く なんでもない女の人が、 ものすごい真実を秘めた 美しい宇宙の生命体に思える 2019.5.23/日記より #エッセイ #日記 #コラム
街で買い物中、土砂降りに降られる。 マップを見るとすぐ近くに老舗喫茶店があったので、そこに入ることにした。 扉を開けるとシンとしていて客はいないようだ。カウンターの中ではオーナーらしき男性がひとり生クリームを泡立てている。 「すみません」と声をかけてみるが、彼は手元を見ており、まったくこちらに気づかない。 ケーキに使う生クリームなのだろうか、ボウルいっぱいに泡立てられている。 わたしはさっきよりおおげさに体を動かし大声で呼びかけてみたが、彼はそれでも気づかない。 彼は、わ
わたしの手に 君の手が重なる そこへ もう片方の手を重ねる その上に また君が手を重ねて もう重なる手がなくなるような そんな愛し方をしたい #日記 #コラム #エッセイ #詩
その日は、丁度バレンタインデーだった。 冬で、雪で、寒い夜で、その人はわたしを駅まで送ってくれた。車を停めた後も、わたし達はしばらく車内で話し込んでいた。 チョコレートをプレゼントするなんて、当時恋愛が香るか香らないかのわたし達には少し先走ったことに思えた。 二人の会話が終わりかけたとき、わたしは鞄からコンビニで買ったチョコレートを取り出し、「バレンタインだし、一緒にチョコ食べよっか」と笑って言った。それがせめて、わたしにできたことだった。 ナッツとレーズンがたく
わたしは人生で二回だけ、「ファンです」と言われたことがある。 一人目は高校生の時同じクラスだった野球部の山口くんだ。 二年生の時はじめて同じクラスになった彼は、その春の球技大会でバレーボールの試合に出ていたわたしを見たあと「あなたのファンになりました」とご丁寧に挨拶にきた。 その後ちゃっかり彼女を作っていたので高校生男子なんていい加減だな、と思った記憶がある。 二人目は、女性だった。 彼女とは大学の新入生歓迎会で、たまたま隣の席になった。彼女はわたしよりも四つ
学生時代のある夏、自転車にのって道端を走っていた。 ふと、自分のペダルを漕ぐスピードがゆっくりなことに気がつく。 というのも、わたしは特に急いでいなくても、自転車は比較的シャカシャカと足早に漕ぐ方だった。なんだかその方が体のリズムに合うというか、落ち着くのだ。 自転車というものは、ぐんぐんと進む乗り物なのだと思っていた。 だけどその時は、それより二段階ぐらい落ちたスピードでゆったりと自転車を漕いでいた。 我がことながら、あれ?と思った。 いつもと違う、
直訳が好きだ 隙のない、きちんと訳された日本語よりも、ガタガタといびつな姿のままの言葉に惹かれてしまう その不完全さのなかに、わたしは創造をすることができる -I fell in love with you at first sight. -私は 愛に落ちた 最初の光景の あなたと共に たった一文は、詩になってしまう 「君に一目惚れした」より、 わたしの心はうんと、ヒリヒリする 言葉が意味になりきる前の、うごめきが好きだ、予感が好きだ、言語と言語
目の前を歩く 二人組の女の子 楽しそうに寄り添って 髪の毛をくるくるにしたポニーテールも ふわふわの桃色の上着も 小さなバッグの斜めがけも 背丈も 歩幅も 鳴らすヒールの音まで そっくりそのまま おそろいで きっと、 見えない笑顔も おそろいなんだ #日記 #エッセイ #コラム #詩
洗濯機のスイッチを押してから お風呂に入る ザブザブ頭を流していると むこうで洗濯機が水を溜めはじめる 急に弱まるシャワーの勢い わたしが身体を洗いはじめると また、もとに戻るシャワーの勢い いったりきたりの半分こ まるで 洗濯機とふたり 上手に二人暮らししているようで #日記 #エッセイ #コラム #詩
月の光に照らされることで ようやく浮かびあがる形のことを なんて美しいのだろうと思う 電気を消したあと 真っ暗なへやの中で僅かによみとれる 君とつないだ手と手の輪郭など #日記 #エッセイ #コラム #詩
洗濯物を ひとつひとつ ハンガーにかけていくうちに 洗ったお皿を 一枚一枚 拭いていくうちに 心まで ひとつひとつ 整っていく気がする 土曜日の午前中 #日記 #エッセイ #コラム #詩