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ひとつのFacebook投稿から始まった。様々なつながりかられもんハウスができるまで

西新宿にある一軒家「れもんハウス」。ホームページに書かれているキャッチコピーは「西新宿のみんなの家 あなたでアルこと ともにイルこと」。 ホームページの活動内容はこのように書かれています。

色々な人の居場所をつくりたいという想いから立ち上げ、現在は新宿区子どもショートステイ協力家庭として登録するなど、実際に子どもから大人まで多くの人が過ごす場になっています。

れもんハウスの始まりは、運営団体である「青草の原」代表である琴子さんがなんとなく物件仲介サイトを眺めていたとき。億単位の物件の中で、破格的に安く、リビングが広く、しかも庭付きのこの物件を偶然見つけました。ここだったら自分がつくりたい場をつくれると思い、数日後Facebookに自分のやりたいこと、見つけた物件について、投稿します。そこから一緒にれもんハウスに住む愛梨さんや西角さん、そして物件の購入でご協力いただいた岡本さんとつながり、2021年12月にオープンしました。特に、物件の購入では居住や商業など一般的な用途ではないため、多くの方の協力いただけたからこそ、実現ができたそうです。

れもんハウスを立ち上げるきっかけをつくった琴子さん、共同発起人である愛梨さん、大家さんである岡本さんに、なぜれもんハウスに関わろうと思ったのか、どのようにれもんハウスが始まったのかををお話しいただきました。

※この記事は2021年12月に行われたれもんハウスのオープンイベントの内容を要約したものです。

既存の制度だけでは救えない親子の力になりたい

イベントの前半には、琴子さんと愛梨さんから今までの仕事や活動からどのようにれもんハウスにつながっていったかをお話しいただきました。琴子さんは、公的な家出場所をつくりたいと話します。その背景には、琴子さんの現在の仕事、その中で解決したい課題がありました。

琴子:私は社会福祉士として、母子生活支援施設という児童福祉施設で働いています。子どものときにキリストの教会によく通っていて、小さい子からおじいちゃんおばあちゃんまで、いろんな人たちに囲まれて育ってきました。そのような体験のなかで、「平和をつくること、共に生きること、分かち合うこと」というテーマを持つようになりました。大学時代に仕事を考えていたときに、社会で弱い立場にある人たちやその現場にいたい、日本にいる難民の子どもに関わりたいと、社会福祉士の資格を取るために専門学校に行き、母子生活支援施設で働くことにしました。

母子生活支援施設は、DVや虐待といった様々な事情で、親子で生活することが難しく手助けが必要な母子家庭の家族が暮らしている施設です。私はそこでお母さんや子どもたちの生活のサポートをしています。例えば、子どものおむつを替えたりお風呂に入れたりポケモンカードの対戦をしたり病院に同行したりとか。なかには傷ついているお母さんや子どもたちもいて、自分の気持ちをどう伝えたらいいか分からない、人のことを信じられないという方もいらっしゃいます。入所期間で、人を頼ってもいい、自分は一人じゃないんだ、自分のことを心配してくれる人がいるんだ、そう思ってもらえたらいいなと思っています。

藤田琴子 1992年東京生まれ、横浜育ち。れもんハウスの運営団体である、一般社団法人 青草の原の代表理事。社会福祉士。現在は母子生活支援施設の支援員として、DV・虐待・貧困・障害など様々な事情で入所した親子と生活の場で関わっている。

ですが、親子だけで部屋の中で過ごしていると、どちらかが息苦しくなったり行き詰まったりぶつかったりして、事務所に子どもが泣きながら入ってきたり、お母さんが逃げ込んできたりということがありました。しかし、施設を退所したあとは、アフターケアで親子が施設に遊びに来たり、職員が訪問したり同行したりすることはできますが、夜に預かるということはまではできません。そのような問題に対して、子どもが協力家庭と呼ばれる他の家に預けられるショートステイという制度を使うこともできます。ですが、協力家庭の数が足りてない、知らない人の家に泊まることに抵抗があるなど、必要な人が十分に使えていないんです

また、ショートステイは親から申し込みをする必要があるので、子どもが使いたいとなっても申し込むことができません。子どもが逃げたい、そんなおおごとにはしたくないんだけどちょっと家から出たい、親から干渉されたくない、距離を置きたいって思ったときに、逃げ込める場所が必要だなと。親も子どもも安心して家出できるような場所、公的な家出場所があったらいいなと思ってました。

大人と子どもの関係を「面」でつくれるのか確かめたい

愛梨さんは、シェアハウスに住んだことによって子どもとの向き合い方が変わり、「We are Buddies」のプロジェクトを始めました。そして、れもんハウスで確かめたいことがあると話します。

愛梨:一般社団法人We are Buddiesという団体の代表をやっています。We are Buddiesは、オランダで40年ほど続いてたプログラムからヒントを得て、1年半前に日本でも始めました。5歳から18歳の子どもと大人が2人組のバディになって、フラットな信頼関係を築くというプロジェクトです。期間は1〜2年間で、月2回程度、遊んだりお出かけしたり。参加費は無料で、寄付・企業コラボ・助成金などで成り立っています。

色々な方が参加していますが、ひとり親家庭のお子さん、学校に行っていないお子さん、発達障害をもったお子さん、きょうだい児と呼ばれる障害を持った子の兄弟などが多いです。例えば、小学校3年生の男の子でお母さんと妹さんと3人暮らし、一人親家庭で手も足りないし目も足りないという理由で参加いただいている方がいます。バディの相手の方は会社員の30代の方で、月に2回休日にお子さんのご自宅の近くの公園でキャッチボールやサッカーをしたり、児童館でベイブレードしたりお出かけをしたりされています。いまは50組が参加していて、50通りの遊び方があり関係性も様々で面白いですね。

加藤愛梨   一般社団法人 We are Buddies 代表理事 1989年、東京都墨田区生まれ。高校時代はオランダで過ごし、International School of Amsterdamを卒業。帰国後、国際基督教大学で過ごした後、サントリーホールディングス(株)に入社し、ビールの商品開発などを担当。2018年に個人事業主になり、「拡張家族」をテーマに血のつながりを越えた関係性を築く社会実験コミュニティCiftに参画しつつ、シェアオフィスWORKSTYLINGにてコミュニティマネージャー業務に従事。その後、保護者だけが子育てにかかわり、生き辛さを抱え、そのしわ寄せが子どもに行ってしまう世の中の状況に疑問を持ち、一般社団法人 We are Buddies を立ち上げ、東京と群馬で活動中。

私は会社員として働いた後、個人事業主になり、コミュニティづくりをメインの仕事としています。前は一人暮らしをしていたのですが、個人事業主になったあと「Cift」という渋谷区にある一軒家で15人くらいとシェアハウスをしていました。徐々に子どものいる家族も増えていき、それまで周りに子どもが全然いなかったのでとても新鮮な経験でした。

それまで、なんとなく子どもには先入観があったんですが、子どもも同じ一人の人間であることに気づいたんです。そういう関係が築けることで見えてくる世界が、家全体にも広まっていったのが心地よくて、他にも大人と子どもの関係づくりで何かしたいとWe are Buddiesを始めました。

子育ては、東京などの都会だと家族の中で完結するという意識が強いです。ですが、大人と子どもが関わると、子どもにとっては保護者や学校の先生以外にも信頼できる大人が増えますし、保護者の方も子育ての負担が少し楽になるかなと思っていて。We are Buddiesでは、大人と子ども一対一で濃い関係を築けているので、れもんハウスでは、複数人、一対複数人、コミュニティや集合体・グループでも濃いフラットな関係を築けることを確かめたいと思っています。

偶然と共感がつながりを生み、大家さんと出会う

良い物件を見つけたとしても、琴子さんたちだけでは購入することができないと悩んでいた所、Facebookの投稿をきっかけに、知り合いから不動産業を営む岡本さんを紹介いただきました。17日に投稿して、22日に名古屋に住む岡本さんと物件を見に行き、と目まぐるしく状況が動いていきました。琴子さんも愛梨さんも岡本さんとの出会いがなかったら「やりたい」で終わっていたといいます。

岡本さんは自分がやりたいこととれもんハウスが共通しており、この不思議なご縁も重なり、「インスピレーションが湧いた」と話します。不動産の用途が居住や商業でないため、契約も様々な工夫をされたとのこと。

岡本:私はもともと公認会計士として働いていて、ソーシャルベンチャー・パートナーズ東京という教育系のNPO団体の代表理事、カタリバというNPOの常務理事・事務局長をやっていました。働く前は、バックパッカーでただの旅好きでした。バックパッカー時代にバングラデシュで、マイクロクレジットっていう貧困の状況にある女性に対しての貸付をして、その状況から抜け出していくきっかけを作っている金融に出会ったことをずっと忘れられなくて、30歳でNPOの世界に飛び込みました。

その後、2018年に父親が急に他界して、父親が持っていた千年建設を継ぎました。その後、コロナが起こったときに、住まいがなくなってる人が多くいました。仕事がないと住まいがない、住まいがないと行政サービスを受けられなくて、行政サービスを受けられないから仕事も得られない、挑戦もできない、負のスパイラルが起きていることを知りました。我々は家を建てることができるので、この問題を解決できるんじゃなきか、豊かな暮らしを提供してその結果挑戦する機会とゆとりを得られるような状況をつくりたいと、「Live」と「Quality」と「Equality」の3つの言葉を掛け合わせた「LivEQuality」という事業を立ち上げました。

岡本拓也 LivEQuality Powered by 千年建設 代表取締役社長 公認会計士としてPwCにて、企業再生アドバイザリー業務に従事後、2011年にNPO法人ソーシャルベンチャー・パートナーズ東京の代表理事、認定NPO法人カタリバの常務理事兼事務局長を歴任。 2018年2月より、先代の急逝に伴い家業である建設会社・千年建設株式会社を承継し、地方の伝統的な事業をソーシャルな世界観から変革することに挑戦中。2021年4月より、生活困窮者向け住まい提供サービス「LivEQuality(リブクオリティ)」をローンチし、ソーシャルビジネスを本格的に開始。 社会変革推進財団、日本NPOセンター、認定NPOカタリバ、認定NPOマドレボニータ、Earth Company、コミュニティナース・ラボラトリーなど、多数のソーシャルベンチャーの経営に、理事/監事として携わる。

琴子さんとお話した翌日、偶然東京に行けたんですよね。翌日にすぐ動けるタイミングだったことにまずご縁を感じました。そしたら、東京でパワフルな女子3人に圧倒されて。この物件が安いのは、再建築不可、つまり火事になったら何も建てることができないからなんですよ。でも、琴子さんがそしたらキャンプすればいいね、とか話していて(笑)3人と話しているうちに、僕もインスピレーションが湧いてきたんです。事業にも共感したし、我々のやってることにも共感してもらえて、自分たちでできないことを一緒にできる。僕の信頼している役員に相談したら、私だったらやらないって言われたんです。でも、「拓也さんはご縁で今までここまで来てるから、ご縁を感じるんだったら進んだら」って言ってくれたのが背中を押してくれて。しっかりと経営的な意思決定とかも経て、購入することにしました。

契約書も一から作成しました。普通の不動産屋や投資家の手順からするとほとんどないことなので、弁護士さんも含めてかなり考え、テクニカルなところでかなり工夫を散りばめました。不思議な契約だからちゃんと丁寧に説明しないと借りてくれる人も理解してくれないかもしれないと、弁護士さんが説明のための資料まで用意してくれました。

なので、割と時間をかけて大変でしたけど、顧問弁護士の方もこんな契約書は見たことないとか言いながら楽しそうにしてるんですよ。みんなイキイキと楽しく取り組んだら絶対いいものができると思ってるので、僕としては一番嬉しかったですね。

本当にご縁に感謝しています。面倒くさくて時間かかるし、普通の大家さんはここまでやらずに、管理会社に任せると思うんですよ。でも、経済性とか効率性ばかりではなくて、こういう関係性を紡いで事業をやるのは楽しいし、自分たちでできない未来が生まれています。感動的で、僕も色々学ばせてもらってます。

みんなでつくりあげていくのがれもんハウス

最後に、琴子さんと愛梨さんにれもんハウスをどのような場にしていきたいかをお話しいただきました。

愛梨:この家の名前は、最初「止まり木」とか「ひだまりハウス」とか意味を持った名前にしようかっていう話もあったんです。ですが、琴子さんと綾夏ちゃんたちと話している中で、願いがあってもいいけど願いが強すぎるよりかは来る人と一緒につくっていくし、そこに委ねていくような力を抜いてやっていけるような余白を持たせたいねと、その日たまたま綾夏ちゃんが鶏肉のレモン煮をつくっていて、何の意味もないけどなんか可愛いし音もいいし、れもんハウスにしようってなったんですよね。

琴子:みんながここに集う中で作られていくことを体感しています。本当にこのれもんハウスをどう説明するかってすごい難しくて、ここに集うときにその場でそこにいる人たちがつくり出していくものなんだなと。その出会いからまた別の場所でそういう空間が生まれるかもしれないし、それがじわじわ広がっていくそんな柔軟性のある場所であったらいいなと思っています。

edited by とやまゆか