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呪いのオーガニッククッキー

古印体という書体がある。

全体に丸みがあり、線は均一でなく不安定に揺れていて、ところどころ線が途切れている頼りなげな印象の文字である。

奈良から平安時代にかけて作られた印章の文字を模した書体だそうだ。
確かに、印鑑の文字に似ている気がする。

そんな出自を持つ古印体ではあるが、現代において使われるのはもっぱら、ホラー漫画のセリフやホラー映画のポスターなどである。
テレビドラマ「世にも奇妙な物語」のロゴを思い浮かべてほしい。厳密には違うが、あんな感じだ。

それゆえに、どんな言葉も古印体を用いると、呪いがかけられたような不穏な雰囲気が漂う。
このような情緒を伴う書体が他にあるだろうか。

明朝体にはフォーマル感がある。真剣味がある。
ゴシック体にはカジュアルさと、意外と幅広い用途にも耐え得るゆえのリベラルな感じがある。

しかし古印体から想起されるのは闇、恐怖、得体の知れない不気味さである。こんなにも狭く深い世界にいざなう書体はなかなかない。


先日友人から、可愛らしいパッケージのオーガニッククッキーをもらった。

ラベルは、素朴でありながらおしゃれさ漂う北欧風のデザイン。
向き合う二羽の鳥とトナカイの絵柄を花が咲いた木が囲み、「森のうたがきこえますか」というメッセージが配されている。自然由来の品質の良さを伝える構成だ。

だがしかし、そのメッセージに古印体が使われていたのである。

想像してみてほしい。
古印体の、「森のうたがきこえますか」。

呪いの発動である。

木漏れ日に鳥がさえずる花咲く森が、一転、鬱蒼とした暗く深い孤独な樹海に変わる。
樹海から聞こえるのは、うたではなく唸りであり呪詛である。

クッキーはさくさくと食感が良く、健やかな甘さがあっておいしかった。

ただ、ラベルを見るたびに、暗い森の奥で目だけ光る正体不明の「主」が生地をこね、オーブンから焼きたてのクッキーを取り出している情景を思い浮かべてしまうのだった。


おわり

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