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エピソードⅢ|大好きな青

運命の青い糸 ―2015年の春―

 NAOは秋田から青森にやって来た。大学生になったら本格的にやろうと決めていたチアダンス。プロバスケットボールチーム「青森ワッツ」のチアダンスチーム「ブルーリングス」はすぐに見つけた。”青く凛と燃える情熱の炎” ”凛とした心を持った輝く女性、社会的責任を持った女性を目指す―”。チームの指針に心を惹かれた。そんな女性になれたらいいな。でも、青だから青森の人じゃないとだめか…。諦めて入った大学のダンスサークルで札幌出身のKAEと出会う。ダンスよりもチアがやりたいな。ポツリと言ったNAOにKAEが答えた。私も!ブルーリングスって知ってる?一緒に入らない?

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 岩舘千歩は仙台から青森に帰ってきた。2年間、楽天イーグルスの公式チアリーダー「東北ゴールデンエンジェルス」とブルーリングスのディレクターを兼務してきた。2015‐16シーズンから地元青森でブルーリングスに専念する。チアリーダーの素晴らしさを知ってほしい。八戸市在住者を中心に構成されていたチームに青森市や弘前市のメンバーも加える。子どもたちのチアスクールも開講する。模範となるチアリーダーを育てよう。チームの指針にはそんな岩舘の思いが託されていた。募集に集まった女性の中にNAOはいた。

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 こんにちは!大きい声だった。髪を一本に束ね、颯爽として飾らず。周りの空気が引き締まる。初めて会った岩舘。こういう人を美人っていうんだ。NAOは思った。もちろん経歴だって知っている。こんな人からチアを学べると思うとドキドキした。メンバーは岩舘を千歩Tと呼んだ。千歩Tは厳しかった。言葉遣いや姿勢、立ち居振る舞いまで指導は及んだ。NAOはダンスがなかなか上達しなかった。レッスンだけではとても追いつかない。自主練するので見てもらえませんか。岩舘は嫌な顔もせずに付き合った。何度も何度も。こうして時間をつくってくれる千歩Tのためにも、私は憧れのチアリーダーになるんだ。

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 2015年9月。NAOは練習生としてシーズン開幕を迎えた。同期のKAEやKOKOはトップチームでデビューする。悔しいけど、私はまだお客さんに披露できるレベルじゃない。この日はチームのサポートをしながら、みんなのパフォーマンスを見て学ぶ。試合前のオープニングが新生ブルーリングスのお披露目だ。照明が落ち、四方のスポットライトがコートを七色に染める。光の中にブルーリングスのシルエットが浮かび上がる。さあいくよ!クールな女スパイムービー「チャーリーズ・エンジェル」のサウンドトラックがアリーナに響き渡る。リズムに合わせて舞う6人は映画のヒロインのようだ。圧巻のパフォーマンス。わぁ…。NAOも言葉を失っていた。青森のブースターの前に初めてチアリーダーとしての姿を見せた岩舘は、表情に誇りを湛え、躍動し、優雅に舞った。会場にいる誰もが見入っていた。すごい。私はこんなチームにいるんだ。こんな人に教わってるんだ。こんな幸せな気持ちをくれる人に、私はなりたい。

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 開幕戦以来、NAOにとってチアリーダーは岩舘であり、ブルーリングスになっていた。凛と燃える情熱の炎。それはチアスピリットだ。自分のためではなくお客さんのため。そう考えると千歩Tの厳しい言葉も、HONAMIさんたち先輩の行動も、すんなりと私に入ってくる。チアリーダーになりたい。ブルーリングスになりたい。その一心で練習に励んだ。うまくできなくてもめげずに頑張るNAOに岩舘は付き合い続けた。この子はチアリーダーとして一番大切なことは理解している。そろそろコートに立たせてみたい。NAOならできる。

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 2015‐16シーズンのホーム最終戦。NAOは初めてブルーリングスのユニフォームを着て出番を待っていた。ダンスはまだって言われたけど、パネルを持って呼び掛ける「GO!GO!WAT'S!」でコートに立つ。動きは難しくないけど、チアスピリットがないとできないパフォーマンスだ。思い焦がれた舞台が目の前にある。タイムアウトが告げられ、光の中に飛び込んだ。初めて見る景色。青がいっぱいだった。1階も2階も。青の中にたくさんの笑顔。一人ひとりの笑顔にゆっくりと目を合わせる。GO!GO!WAT'S!無我夢中で声を出した。その時、コートに端にいる小さな女の子が目に留まった。青いシャツを着て懸命に跳ねている。真ん丸の笑顔が私に向けられている。私はその小さい笑顔に向かって声を出す。
GO!GO!WAT'S!
その子の笑顔が返ってくる。
GO!GO!WAT'S!
 なにかが私を貫いた。うれしさと一緒にこみあげてくる。でも泣いちゃだめ。笑顔でいなきゃ。私はチアリーダーになったんだから。私はブルーリングスなんだから。

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 2016‐17シーズンから正式にトップチームのメンバーになった。NAOはブルーリングスがますます好きになっていた。千歩T、チームメンバー、ブースター、みんなでつくった素敵な青。ここにしかない、私の大好きな青に私もなりたい。大好きな青を台無しにしたくないからチームの指針もルールも絶対に守る。失敗したり、うまくできないと悔しかった。たくさん泣いた。大好きなブルーリングスが私のせいで大好きなブルーリングスじゃなくなっちゃう。そう思うと辞めたくなった。でも、大好きだから頑張った。大好きでいたいから頑張れた。

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 4年目を迎えていた。2018‐19シーズンは、岩舘がディレクター専任となり、ブルーリングスは5人になった。新リーダーのMIRAIもまたブルーリングスが大好きだった。NAOは、ブルーリングスが一番大切にしていることを気付かせてくれる。控室が散らかってるとあれ?と指摘してくれる。負けている試合でも、コートの向こうに笑顔でジャンプしているNAOの姿が見える。私も負けていられない。RUIは、NAOと正反対。ダンスはそつなくこなすけど気持ちを出すのが苦手だった。同じ青森市内で一緒に帰ることも多く、悩みをNAOとよく話した。ある日、来年も続けるかどうか、こぼした時があった。突然NAOが不機嫌になった。チームを辞めるとか軽々しく言うなんてブルーリングスじゃない。RUIは、自分が殻を破れずにいた理由がわかった気がした。NAOはみんなの模範になっていた。

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 2018‐19シーズンのホーム最終戦。MIRAI、NAO、RUI、KAEDE、KOUME、ジュニアチームの子どもたち。みんなで1年間頑張ってきた。シーズンの最後を飾るスペシャルパフォーマンスを堂々と披露し、チアリーダーとして成長したみんなの姿を、岩舘は胸が熱くなる思いで見守っていた。この日が最後になるNAO。初めてコートに立った日から3年。今、NAOの表情にはチアリーダーの誇りと自信があふれていた。青森で成長し、美しく輝いた。
 NAOは青森美人だよ。―いけない、ここで泣いちゃ。私はブルーリングスのディレクターなんだから。

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 チアリーダーは人を笑顔にする。人を幸せな気持ちにする。ブルーリングスは人を幸せな気持ちにしてくれるいちばんのチームだ。負けていて野次が飛ぶような試合でも、千歩Tはいつもお客さんに元気と笑顔をくれた。まだまだこれから!応援しましょう!千歩Tから教わったチアスピリットを私は絶対に忘れない。ブルーリングスを卒業しても、私は人を幸せにする人になりたい。

 ブルーリングスにNAOはもういない。でも、NAOが大好きだった青は、凛として輝き続ける。そして、今もどこかで、その青が大好きなNAOがいる。運命の青い糸は青く輝く輪を結ぶ。

青く輝く輪

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《PROFILE》

NAO(なお)
秋田県秋田市出身。青森ワッツチアダンスチーム「ブルーリングス」に、2015-16シーズンから2018-19シーズンまで4シーズン在籍。最初の1シーズンは練習生。

ブルーリングス
青森を愛し、青森から輝く女性像を発信する。チーム名には、青く燃える情熱の炎が凛と輝いて輪(リング)となり、和を広げるという思いが込められる。Bリーグで戦う青森ワッツを鼓舞するパフォーマンスはダイナミックかつキュート。岩舘千歩ディレクターが「青森らしさ」にこだわったチアは、清潔感とエレガンスにあふれ、子供たちや県外ブースターからも人気を集める。Bリーグ発足前年のTKbjリーグではチアグループのベスpトパフォーマー賞も受賞。チアスクール生で構成されるブルーリングスジュニアチームとともに、青森ワッツのホームゲームを青く彩る。

episodeⅢ | text&photo: Hiroki Nakamura | photo: Shinji Narita

エピソードⅢは、2019年9月27日付東奥日報別刷、陸奥新報に掲載されました。


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