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無名夜行 - 三十夜話/17:流星群

 見上げれば、星が、ひとつ、流れた。
 いや、ひとつではない。じっと空を見つめていれば、星は尾を引いて次々に空を流れていく。
 流星群という言葉がふさわしい空模様に、Xはしばし目を奪われていた。
 すると、遠くから声が聞こえてきた。歓声、のような。Xの視線は空からそちらへと移される。見れば、手にランタンを持った子供たちが、Xが立っている道を駆けてくるところだった。わあわあと高い声を上げる子供たちは立ち尽くすXには目もくれず、その横を通って道の向こうへと走り去っていく。
 一体、何だったのだろうか?
 疑問に思ったのは私だけでなくXもそうだったようで、Xは足を子供たちが走っていた方へと向ける。子供たちがかざすランタンの明かりを目指せばいいのだから、楽なものだ。月はなくても星々の光で明るい空の下、光の雨の中を歩いていく。
 少し歩くと道は途絶え、目の前に大きな川が横たわっていた。そして、子供たちは川のほとりに立ってランタンを足元に置き、代わりに手に柄の長い虫取り網のようなものを握っていた。
「何を、しているんですか?」
 Xは川のほとりに集う子供たちの一人、そばかすの少女に話しかけてみるが、少女から返ってきたのは怪訝そうな顔と、『こちら側』の言葉ではありえない不思議な響きの声。どうやら言葉が通じていないようだった。
 少女はXをしばしじっと観察していたようだったが、やがてふいと視線を逸らすと、網を川の中に突き入れた。よく見れば、川の中に何かが光っていて、少女は網でそれをすくい上げようとしているようだった。
 その間にも、空には星が瞬き……、そのひとつが、光の尾を引きながら、川に落ちていく。ひとつだけではない。ふたつ、みっつ、たくさん。
 子供たちはそのたびに歓声をあげ、網を振り回す。川に半ばまで足を浸して深いところに網を伸ばす子供もいれば、ほとりから恐る恐るといった様子で川の中に網を入れている子供もいる。どうやら、彼らは川に落ちた星を探している、ようなのだった。
 そばかすの少女の網は、川の中に見えている星を取るには少し柄が短いのだろうか、手を伸ばしても光るものの表面を掠るだけで網の中に星を収めるまでには至らない。少女はぐっと身を乗り出して網を伸ばそうとするが、その体がぐらりと傾いで川に落ちそうになる。
 Xはとっさにそんな少女の肩を掴んで支えた。少女がはっとした様子でXを見る。果たしてXがどんな顔をしていたのかは私にはわからないが、少女がふと微笑んでみせたことから、そこまで恐ろしげには見えていなかったのだろう。きっと。
 片手で少女の体を支えたまま、Xは少女が手にしている網の柄にもう片方の手をかける。
「あれを、拾えば、よいのですか」
 言葉が通じないながらも、Xの視線と態度で意図は通じたのかもしれなかった。少女はこくりと頷いてみせる。
 Xは少女から網を受け取ると、川の中に光るものめがけて網を伸ばす。Xは決して大柄な方ではないが、それでも身を乗り出せば少女では届かなかった場所まで網が届く。光るものが網に収まったのを確かめて、引き上げると――それは、球体にいくつもの鋭角の突起がついた、絵に描いたような「星」であった。
 少女が嬉しそうにぴょんと跳ねて、網の中の星を取り出す。星は、少女の両手と同じくらいの大きさをしていた。そして、小さな親指を星に突き刺したかと思うと、星がぱかりと割れた。割れた中には、今度ははるかに小さな星が、無数に入っているのだった。
 少女はXをちらりと見上げると、割った片方の星をXに向けて差し出してきた。Xは差し出されたものを受け取って、少女に視線を戻す。すると、少女はにっと笑って、大きな星の中から小さな星粒をひとつ摘み上げ、それを――口に運んだ。
 驚くべきことに、少女はひとつ、またひとつと星の粒を口に含んでいく。どうやら、これは食べ物であるようだった。
 Xも少女にならって、星粒を手に取る。手の上に転がしてみても、それはまだ、空に輝いているときと同様にきらきらと輝いている。
「……何だか、こんぺいとう、みたいですね」
 形としては近いかもしれない。Xはそんな感想を言葉にしながら、そっと星を口に運ぶ。残念ながら私が知ることができるのは、Xの視覚と聴覚だけで、触覚や嗅覚、そして味覚は共有できていない。故に、Xが感じていることをそのまま受け止めることはできないが――。
「何だか、ぱちぱちします」
 ぽつりとこぼされた感想から、最低限、それがただのこんぺいとうでないことは確かなようだった。
 その間も、少女はじっとXを見上げている。どうやら、Xの反応を待っているようだった。Xはもう一つ星を摘み上げて、それから言った。
「おいしいですね。これは、癖になりそうです」
 もちろん、言葉が通じたわけではないだろう。それでも、Xがひとつ、ふたつと続けて星を口に運んだこと、そしておそらくはその表情から、決して悪い感想を抱いていないということは伝わったのだろう。そばかすの顔いっぱいに広がった嬉しそうな笑顔が星明かりに照らされる。
 Xは少女と並んで川を見やる。流星群はまだ続いていて、川には次々と星が落ちていく。歓声をあげて星取りをする子供たちのシルエットを見つめながら、Xはしゃり、と音を立てて星を噛んだ。

あざらしの餌がすこしだけ豪華になります。