Nem'oubliez pas

街灯が灯る夜半過ぎ、職場の飲み会の帰り道。

職場の新年会だった飲み会の席で、お酒が得意ではない私は、黙々と食べた。そして一緒に帰ってる相模くんも下戸なため、私の隣に座って、いつもの様に、読んだ本、観た映画の話を一方的に私に聞かせてくれた。時々、唐揚げや厚揚げ豆腐を無理矢理口に押し込んで黙らせる。そんなやりとりに慣れた職場のみんなは、見事に私たちをスルーしていた。

沢山美味しいものが食べれたし明日は休みだから、本を読むか映画を見るかとルンルン気分で予定を考えながら帰っている中、先ほどまで飲み会と変わらず私の10倍は話していた彼が静かなことに気がついた。


「ん?さがみん、どうかした?」


隣を歩いていたはずの彼が立ち止まってしまった為、私も止まり振り返る。

5歩ほど離れた場所で、こちらをまっ直ぐに見る彼の顔が街頭に照らされ、白く浮いているのが少し怖い。


「おーいさがみん、まさか実はお酒飲んでたりしない」

よね?と心配したその時、ここが閑静な住宅街だと忘れたらしい彼から、この時間に相応しくない声量の声が飛んできた。


「青葉さん!僕とお付き合いして下さい!!!!」


がばりと下げられた頭と差し出された右手。その様は一世を風靡したお見合い大作戦を思い出させた。懐かしい。


形のいい頭を下げた彼の右耳のピアスが揺れている。

シルバーに染められた髪はショートボブのセンターパート。数回色を抜いてるはずなのに、サラストなのが鼻につくけど、とても良く似合っている。耳には複数個のピアスが空いてて、スナッグとヘリックスは痛そうだけどそこにハマるピアスは華奢で可愛らしい。ヘリックスの桜のピアスは、この間誕生日に私がプレゼントしたものだ。柄が派手な古着シャツに黒いワイドスラックスという大学生らしい服装。そして顔は、とてもイケメンときた。非の打ち所がない、私の可愛い可愛いバイト先の後輩くん。ただし、超コミュ障なオタクで、気を許した人間としかマトモに話せない。うん、そこもとても可愛い。でも、


「さがみん、ごめんね。私年下に興味ないんだぁ」


そう丁寧に断って、さがみんを置いて私は歩き出す。

そんな私の後ろをさがみんが慌てて追ってくる。


「ど、どうしたら好きになってくれますか?」

「んーと、さがみんのことは好きだよー」


「付き合うにはどうしたらいいいですか?見た目がダメですか?」

「さがみんに似合ってて、とても良いと思うよー」


「しゃ、しゃべり方ですか?」

「ふふ、喋り方かぁ。私はその、ザオタクな早口好きだよ」

「じゃあ、どうしてダメなんですか?」


矢継ぎ早に質問してくるさがみんに返事をしながら、人気のない道を歩く。

どうしてダメ、そうだねぇ、どうしてダメなんだろうなぁ・・・


「さがみん、ごめんねぇ」


さがみんの顔を見ながら謝れば、眉を下げて泣きそうな顔に歪む。

うん、ごめんね。ズルい大人でごめんね。

でも、私はさ、君にはふさわしくないからね。


「ありがとう、私なんかを好きになってくれて」


にっこり笑って伝えたつもりたけど、私はうまく笑えているだろうか?

年下の君に精いっぱいの虚勢を張って


「明日晴れるかなぁー」


なんてどうでも良い話をしながら、君と同じアパートに帰る。

そっと右耳につけたお揃いの桜のピアスに触り、直ぐに髪を戻した。


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