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(長編童話)ダンボールの野良猫(二十・三)

 (二十・三)魂の歌
 てな訳で、床に倒れたノラ子は、そのまんまほったらかし。みんなもドラッグ漬けの、どんちゃん騒ぎをおっぱじめる。
 しかしノラ子はあくまでも、においを嗅いだだけ。間もなく症状は治まって、正気を取り戻した。起き上がり周りを見回すと、部屋中煙もくもく。うわっー、たまんない。何よ、これ?
 みんなに声を掛けても、とろーんとした目で知らん振り。虚ろな感じの条くじら、夢見心地の乃理香、はたまたハイテンションで踊り狂うマリリンちゃん等々。これにはノラ子も呆れ顔。大丈夫かよ、こいつら。とてもじゃないけど、付き合ってらんない、見てらんない。正に退廃、世も末の有様。駄目だ、こりゃ……。
 ノラ子に気付いて、みんなもびっくり。
「お!生き返ったか、幽霊」
「あーら。ノラ子お嬢様、遅いお目覚めねえ。何してんの、早くあんたも、やんなさい」
 盛子なんかもうふらふらで、ノラ子にだらりと抱き付いて来る。
「遠慮しなくていいってば。さ、早く早く。直ぐにいい気持ち、なれっから」
「そうだよ。これやりゃ、歌だって踊りだって、もっともっと上手くなれんだぜ、セニョリータ」
 とは、調子こく条くじら君。ところがノラ子は一喝。
「やるわけないでしょ、そんなの。何やってんの、みんな!盛子もほら、しっかりしてよ」
 しかし盛子はだらーっと床にしゃがみ込み、そのまんま。他のメンバーも同様、反応なし。
「駄目だってば、みんな!こんなことしてちゃ。折角、歌手になれたのに」
 叱咤するノラ子にけれど、新宿和也が反論。
「歌手だからこそ、こんなことでもやんなきゃ、やってらんないの。分かる?」
「分かんないよ、そんなの」
 お次は、盛子が口答え。
「だから、プレッシャーから解放される為よ。売れなくなるんじゃないかとか、自分よりかわいい子が出てくるんじゃないかとか、あたしなんかいつも、不安だらけだもん。だからやらずには、いられないの」
 条くじら君も加勢する。
「そうだよ。それにこれやったらさ、神様が降りて来んよ。だから歌すげえ上手くなれんの。正にドラッグは芸術の泉。分かる、ノラ子のおねーちゃん?」
 しかしノラ子は、食い下がる。
「何言ってんの?ばかじゃない、あんたたち。どんだけの人が、歌手を夢見てると思ってんの。何がプレッシャーよ。こんなんで、歌上手くなれる訳ないでしょ。歌はね、だって歌は、脳で歌うんじゃない。歌は魂で歌うんだから。魂、ソウル。魂の歌が人の心を震わせ、激しく揺り動かす。そして人々の心に眠った、太古の記憶を呼び覚ますのよ」

 一同を見回すノラ子。でもみんな、しーん。
「何が芸術の泉よ。な訳ないでしょ、ちゃんちゃら可笑しくて、アホか。歌とか芸術っていうのはね、この自然の中から、幾らでも湧き上がって来るもんなんだよ。風、空、星、大地、草、雨、雪、みーんな、ノラ子の友だち。みんな、ノラ子の仲間、同志なんだから。みんながノラ子に、歌を教えてくれる。だから、ノラ子の歌は終わらない。ノラ子はいつまでも歌い続ける」
 切々とみんなに訴えながら、いつしかノラ子は興奮状態。そこへ、閉じられた入り口のドアの向こうから、ひとつの声が。
「ノラ子」
 みんなが振り返る。ドアが開き、そこには仁王立ちの響子が。
「ママ」
 ノラ子が答える。響子は制止する警備員や黒服連中を振り切って、ここ、禁断の間まで、威勢良く乗り込んで来たのであった。
「ノラ子、大丈夫?だってあんた、いつまで経っても、戻って来やしないから。わたし来ちゃったよ、心配で」
 笑い掛ける響子。
「でも無事で、良かった」
「ママ!ありがとう」
 響子に駆け寄ると、感極まったノラ子は思い切り抱擁。響子の肩を、ぎゅっと抱き締めた。
「用事は済んだから、さ、もう帰ろう」
 虚飾のアイドルたちと偽りの楽園を後にして、ふたりは無事帰路に就く。結局南極、天然娘のノラ子に、心を破壊するドラッグなど一切不要であり、一欠片の魅力もなかったという訳。

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