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(小説)宇宙ステーション・救世主編(八・一)

(八・一)七人目の客
 月が替わりお節は、エデンの東の玄関に蓮の花を飾る。梅雨が明け、猛暑が襲い来る。暑さだけでも敵わないものを、エデンの東には他にも鬱陶しいものが連日連夜押し掛けるようになる。何か、マスコミである。
 大物俳優山口元の死をきっかけに、週刊誌、TVのワイドショー辺りが中心となって山口の死についてああじゃないこうじゃないと騒ぎ出す。追求していくうち、死因が桜毒であることが判明、遂に雪の存在にまで辿り着く。お陰でエデンの東及び店の入ったビルは元より吉原の街全体がどよめき出す。
 TVカメラとその取り巻き、マイクを握り締め狂ったように叫ぶ女性リポーター、一日中焚かれるカメラのフラッシュ、取材申し込みの長蛇の列、雪の周辺を嗅ぎ回るハイエナの如きパパラッチ共。加えて一般大衆の野次馬が嵐のように押し掛ける。
「何やねん、まったく、この騒ぎ」
 流石のお節もナーバスである。試しに点けたTVのワイドショーは『吉原の魔性の女Y』と題した特集を流す。雪とて一応は一般人であり、かつまだ未成年であるにも関わらず、なぜか無断で雪の写真やら録画された映像やらがTV画面にボカシなし、名誉毀損ものでばっちし映っている。格好のネタを得たとばかりに喜々としてマイクを握るリポーターの声。
「何でもこの女Yと遊んだ客が次々と一ヶ月以内に突然死。芸能人、作家、大学教授、医者、政治家、おまけに暴力団組長までもがこの女の毒牙にかかって死んでおりまして、はい。しかもなぜか死因はすべて、あの恐怖の性病、桜毒だっていうんだからおっそろしいじゃあーりませんか。ねえ、なんか妙、おかしい、ぷんぷん臭ってきませんかあ、みーなさん。現在のところ警視庁は確かにYを疑って徹底的に捜査を行ってはいるものの、未だ決定的な証拠はつかめておりません。だからね皆さん、このYという女、下手したら稀代の殺人鬼かも知れないってえのに、そんな女がまだこの世の中に野放しのまんま、のうのうとソープ嬢なんかやってんですよ、ね、恐いでしょ。だって皆さんとこのお父ちゃんだって、いつ犠牲になるか分かったもんじゃありませんから。ええ、でも貧乏なお父さんなら大丈夫。どうしてって、そりゃねえ、何てったってこのYのプレイ料金が高いのなんのって、高いの、これが。幾らだと思います、ね、吃驚して下さい、皆さん。いいですか百万、はあ、百万円ですよ、みっなさーーん」
 パチッ、とスイッチを切ればTVなんぞ死んだも同然、ただの箱。
「しょうもな」
 流石のTV好きのお節も呆れ顔、ぼんやりとため息漏らして、遂に始まってもたか、しゃないな……。窓から下界を見れば、絶えることなくビルの周りを取り囲む人だかりと喧騒。連日連夜繰り返されるTV、スポーツ新聞、週刊誌のバッシング。兎に角わてだけでも、あの子守ったらんとなと心に誓うお節である。
 マスコミの騒ぎに影響を受けたエデンの東の入るビルのオーナー、ビルの中の他店の経営者連中は勿論、吉原の経営者組合だって黙ってはいられない。それ見たことか、だから言わんこっちゃないと、次々にお節に苦情、文句を浴びせる。営業妨害や、どうにかしてくれ、あんた。ねえ何とかならんの、あの娘。損害賠償だ、裁判だあ、舐めてんの、あの小娘。店やれんようにしたろか、おい婆さん。その他脅迫の類が後を絶たず、問い合わせの電話、冷やかし客の来店、ただの暇人共の見物、不審な輩の侵入等々、どうにもこうにも手に負えない。こりゃもう堪らんと遂にお節も根を上げ、渋々宇宙駅のドアを叩く。
「どうしたもんかいなあ」
 年老いた母お節の憔悴し切った表情に、流石の雪も申し訳なさに胸が痛む。自分はどうなっても構わへんけど、お節を始めエデンの東のソープ嬢たちに迷惑を掛けているのが耐え難い。
「しゃないなあ」
 遂に雪も観念、ソープ嬢としての活動を一時停止することに。
「ほな雪、しばらく休むわ」
 その言葉に、
「ほんまか、助かるわあ。これでわて十年寿命延びたわ」
 胸を撫で下ろすお節。
 そこでお節は早速エデンの東を臨時休業とし一時的に店を閉める。店のソープ嬢たちには他店を紹介してアルバイトを許可し、そのまんま移動する子は引き止めない。お節も内心では「もう年も年やし」と既に実質店じまいの心積もりで腹を括っている。
 これにて、隣近所、吉原界隈の苦情、脅しは影を潜める。しかし相も変わらずマスコミ共の騒ぎは治まらない。週刊誌の取材、TV出演、インタビューの申し込み、果てはヌード撮影やらAV出演依頼だなどと止まる所を知らず、矢面に立ってそれらマスコミ、野次馬を追っ払うお節。しかし、
「ばばあはいいから引っ込んでろ、女を出せ」
「殺人鬼を野放しにするな、公開処刑だあ」
 などと、払えど払えど非難中傷、罵詈雑言は後を絶たない。
 ワイドショーの世界では、もうとっくの昔に雪は稀代の殺人鬼或いは魔女、悪女としてダーティヒロイン、悪の主役に祭り上げられている。雪の過去、生い立ちを暴き、殺人の動機、目的は一体何か、殺害というか感染手段は、単独犯かそれとも協力者はいないのか等々、好き勝手な憶測を垂れ流す。かと思えば雪をモデルとしたTVドラマや映画も企画中だというから堪らない。本来ならば、名誉毀損や営業妨害や、どないしてくれんねんと文句のひとつも言いたいところではあるが、下手に刺激しないように、ここはひたすら我慢、我慢、お節と雪は沈黙を守る。
「ふう、わてもう疲れたわ。勝手にしてけつかれ」
 年老いたお節はもうへとへと、匙を投げ後はひたすら騒動の鎮静化を祈るのみである。
 そんな騒動をよそに休業直前、どさくさに紛れエデンの東に七人目の客というか一組の客が訪れる。しかも男女のカップル、男は五十代前半、女は三十代後半。
「あんたらもどうせ、冷やかしやろ」
 なじるお節に、ところが二人は真剣そのもの。
「いえいえ、手前共は至って真面目。是非とも噂に聞く百万の娼婦とお手合わせ願いたい」
 しかも、三人でのプレイ詰まり3Pを熱望。
「まじかいな」
 お節は呆れ返る。
 このカップル、金子という今をときめくIT起業家であり、著名な実業家夫婦である。近頃夫婦間の関係が倦怠気味で、現状を打破する強烈な刺激が欲しいのだそうな。はて困ったもんやと迷うお節、しゃない後は雪に任せたろ。変態プレイは御法度でっせと念を押し、はて3Pは問題ないやろかと首を傾げつつ夫婦を宇宙駅へと案内する。
 実はこの金子夫婦も例の闇の組織の一員。組織は男ばかりではなく、女の構成員も結構いるらしい。実業家としてのキャリアは華々しく、国内でも屈指の資産家にまで昇り詰めたもののいかんせん成金、組織内では新参者とあって階級は低い。そこで一発逆転、組織内でも幅を利かせようと目論み、兼ねてより組織内で話題沸騰の雪と交わることを決意し、本日こうして訪れたという訳。
 人間の心理とはまったく以て面白いもので、例えば性病にしろドラッグにしろ放射線にしろ、どれ程社会的問題となり身の危険があると警告されようとも、なぜか得てして誰もが、自分だけは大丈夫、自分に限ってそんな災難になど遭遇する訳がないなどと、やたら根拠無き自信を持つもの。金子もまた然り。まして金子には他の男にはない秘策をも持ち合わせているから尚更。それは何かというと、奥さん。金子自身は雪と関係を持たず、奥さんと交わらせるというもの。さすれば自分もそして恐らくは細君も感染のしようがなかろうと高を括るが、さてさて上手くいくやら。
 で宇宙駅の雪。絶えずマスコミやら野次馬やらが押し掛けるから、窓からゆっくりと吉原の街を眺めることも出来ないし、外出もままならない。従って少年に会いに弁天川へも行けず、いらいら欲求不満のナーバス状態この上なし。そこへお節に伴われ金子夫婦が訪れる。二人を見るや否や、お雪さんが『こいつをころして』といつにもまして激しく唸るものだから、雪としてはついやけにもなる。
 お節が宇宙駅を後にするや、早速雪はいつもの警告を金子夫婦に告げる。
「あのな、もう随分騒がれとるから既に知ってはるか知れんけど、雪と関係を持つとな……」
 ところが金子の反応は至って冷静。
「ああ分かってる分かってる。むしろそれを承知で来たようなもんだから、きみは何も心配しなくていいんだよ」
「はあ、そうでっか」
 ため息の雪。
「それに、わたしは見てるだけ。きみは家内とプレイしてもらえればいいから。何しろ近頃彼女不感症でね、頼むよ」
 はあ、頼むよと言われても流石の雪も女との関係は初体験。それに相手はやっぱし男でないとあかんやろ、なあ、と雪は密かにお雪さんへと問い掛ける。ところがお雪さんは再び『こいつをころして』と激しく唸るから、分かった分かったと雪は観念。
「そんな言わはるなら、分かりました。よろしゅお願いします」
 商談成立。でも『こいつ』って、旦那と奥さんと一体どっちやろと内心苦笑い。
 いよいよ金子の奥さん、あざみ嬢と交わることに。といっても手馴れたあざみが終始小娘雪をリードする形でプレイが進行。しかし幾らねちっこく弄ばれても雪としては何にも感じない。あざみの舌がぺろぺろと雪の体を舐め回すも、雪にはくすぐったいばかりで、むしろあざみの舌の感触が弁天川の子犬を思い出させてしまうから少年に会いたくて切なさが込み上げて来る。そんなことなどお構いなし、あざみはとろんとした恍惚の目で雪を見詰めながら、
「雪ちゃんて、ほんと若くて綺麗、羨ましいっ。若い頃のわたしそっくりよ、うっふん」
 つんつんと甘く切なき乱れ声をば発して狂いまくるから、何だかあざみのことが気の毒に思えて、お付き合いで感じた振りをしてみせる雪。
 そんな美し過ぎる二人の女豹あざみと雪の激しい絡みを目の前にして金子もいつしか我を忘れて興奮状態、遂には欲情を抑え切れなくなり自らも身を乗り出す。しかしそこは冷静あくまでも雪との接触は避け、雪と選手交代してあざみと交わることに。こうして金子夫婦は、雪の目の前でその激しく燃え上がる夫婦の愛をば嫌と言う程見せ付けながら、遂には夜の果てに燃え尽きる。雪は内心あほらしとため息。
 すっかり満足しお抱え運転手のロールスロイスで金子夫婦が帰ってゆくと、雪は虚脱状態。あざみの舌の感触が思い出され、こそばゆくてならない。相手は女やし、まさか死んだりせへんやろ、良かったわあ。一安心の雪は夜明けの訪れと共に眠りの中へ、そして夢へと無条件に落ちてゆく。

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