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(小説)宇宙ステーション・救世主編(九・一)

(九・一)八人目の客
 月が替わって暑さは増すばかり。
「ついな、習慣やから飾ってまうねん」
 自嘲気味に笑いながらお節はエデンの東の玄関に、向日葵を飾る。もはや閉店同然、客など訪れる筈もないのに。
 エデンの東が休業中、悪いことは重なるもので、今度はお節が倒れる、過労である。ただでさえ高齢、更に折からの心労が祟ってはどうにもならない。何しろマスコミ、野次馬を追い返し、隣近所、吉原の実力者たちと話し合い、店の子たちの面倒まで見る。それらを一手に引き受けこなしてきたのだから、当然といえば当然。人一倍がんばりやのお節も、遂にガス欠という訳。気持ちばかり焦るも、体の方がもう言うことを聞かない。周囲の者たちは今迄良くがんばったものだと感心しつつ、心配でならない。
 ところがお節は大の病院嫌い。
「寝てりゃ治るで」
 そう言い張り、エデンの東から一歩も動こうとはしない。そこを何とかと雪が懇願するので、念の為毒島先生のつてで一応検査だけは受けておくことに。結果、喉に癌が見付かり入院が必要との診断が下される。
 それでもお節は頑固。
「わてはもういつ死んでもええのや」
 頑なに入院を拒否、自宅療養というか事務所にベッドを置いて店で療養を行うことに。どっちにしろ、わてももうそんななごないし、ここで最期を迎えられたら本望や。そんな心持ちのお節である。
 これにてお節はエデンの東の営業再開を半ば完全に諦め、
「いい潮時や」
 まだ店に籍を置く娼婦たちに他店への移動を斡旋する。お節を実の母の如く慕う女たちは泣く泣くお節の許を去ってゆき、とうとうエデンの東には、お節と雪だけが残る。
「あんたは、どないすんねん」
 尋ねるお節に、
「雪はここがええねん。騒ぎが治まったら、またここで商売再開したいねんけど、無理やろか」
 申し訳なさそうに告げる雪に、
「あんた、ええ根性してるわあ」
 呆れ顔のお節。
「あんたがやりたきゃやりゃええやん。な、気の済むまでやりなはれ」
 逆に励ます。同時に自分にもしものことがあった時の為にと、残してある貯金のことを雪に告げる。
「いやや、ママ。そんな話せんといて」
 雪は嫌がるけれど、これでもう思い残すこた何もあらへん、いつでも冥土に旅立てると、胸を撫で下ろすお節である。
 その後マスコミの雪に対する騒ぎはどうなったかというと、これが完全に下火。というのも大物芸能人の薬物使用が発覚したり各地で猟奇殺人事件やストーカー殺害事件などが相次いだ為、マスコミも庶民の関心もそっちへと流れてしまったのである。それに伴いエデンの東のビル周辺に群れなしていた野次馬共もいつしか姿を消してしまう。
 後に残ったのは、絶世美少女雪の虜となったお宅小僧やら自殺願望男といった小物ばかり。どうしても雪と交わらせて欲しい、雪相手に昇天出来るなら本望と、百万円持参で休業中のエデンの東の玄関を叩くも、
「すんまへん、まだ営業再開の見通しが立っとりまへんので」
 丁重にお断り。
 そんな小物連中の中で、唯一お節が興味を抱いた男がひとり。どんな野郎かといえば、何処ぞの新興宗教の教祖だと名乗る男で、是非とも雪を救済したいと申し出る。容姿はイケメンには程遠く小太りで長髪、自慢の顎髭を伸ばし、服装は白装束ながら清潔感はなし、如何にも冴えない中年おやじで全身にカルト臭が漂っている。
 はてそう言われてみれば、一昔前大騒動を起こし雪の如くマスコミの激しいバッシングにおうとった奴に何処か似てなくもない。けど確か死刑になった筈や、おかしいな。ま何でもええわ、面白そうやからちょっと話だけでも聞いてみるかいなと、乗り気になるお節。
「我の診たところ、娘さんにはどうやら訳ありの霊が取り憑いておるようだ」
「ほう、霊でっか」
「左様、お昼のワイドショーに出た娘さんの顔をば一見したばかりで、ピーンと来た。恐らくその霊が娘さんを操り、悪さをさせていると見て間違いなし」
「成る程。で、どないしたら、ええんです」
「うむ、我に任せてもらえば、何とかならんでもない」
「ほう、そら頼もしい。けどお高いんちゃいますの、こっちの方も」
 にやりと笑ってお節、親指と薬指で丸を描く。
 ごほん、とひとつ咳払いをすると、如何にも勿体振ったふうで教祖男、
「なに、我は世直しの一環としてやるつもりだから、ボランティアにてお払いをば、してしんぜよう」
「ボランティア、ほんまでっか。そら有難い」
「その代わりと言っては何だが、成功した暁には」
「はあ、何でっしゃろ」
 するとやんちゃ坊主の如くにこっと笑みを作って教祖男、
「TVのインタビューで、大いに我を宣伝してもらいたい」
「はあ。まあ、その位なら何とかしますわ」
 頷くお節に、
「よし、では早速今からどうであろう」
「今からでっか。善は急げでんな、よろしゅおます。ではこちらへ」
 もし万が一でも解決したら儲けもんやと、教祖男を宇宙駅に案内するお節。
 時は昼下がり。ドアを叩いて、
「な、あんた」
「どないしたん、ママ。どっか具合でも悪いん」
「ちゃう、ちゃう、うちやのうて、あんたや。ええ人連れて来たで」
「ええ人て、何。お客さんちゃうの」
「ちゃうて。こちらはな、そらご立派な教祖様や」
 教祖様、口ぽかーんの雪。お節の背中に控える教祖男を一瞥し、何や、この胡散臭そうなおっさん。
「ほな、後は頼むで」
 教祖男を宇宙駅に残し、さっさとお節は引き上げる。困惑の雪は仕方なし、
「何か、お祈りでもしてくれはんの」
 すると教祖男、
「うむ。我こそは救世主であーる」
 いきなし高らかに宣言。雪は再びぽかーんと口を開け、はあ、救世主、んなあほな、こんな人が救世主やて、冗談やろ、止めて。
 ところがお節に語った如く、教祖男が、
「そなたには、何か訳ありの霊が取り憑いておるであろう」
 などと続けたものだから、雪としたら堪らない。訳ありの、霊。確かに、お雪さんのことを言うてはるのやな、このおっさん。うーん、確かに鋭い。なら、ほんまにこの人が救世主。待ちに待った待ち侘びた、待望の救世主……。しっかし、嘘やろ、なんぼなんでもこんな小汚いおっさんが救世主やて、どっぷりと失望感に溺死しそうな雪。
 ところが、ところがである。その時、そのお雪さんが雪の心の中で叫ぶのである。例の如く『こいつをころして』と。はあ、混乱する雪。そやかてお雪さん、このおっさん救世主はんやで、どないなってんの。
 然らばと雪は教祖男に問う。
「訳ありの霊て、一体どないな霊ですの。その訳てどんな訳」
「ふむ、それはだな」
 如何にも勿体振ったふうの教祖男。しかし、
「そこまでは、流石の我にも分からんのだ」
 はあ、がっくん、何や、と拍子抜けの雪。
「で、どないしたら、ええんです」
 雪の問いに、気を取り直して教祖男。
「これから我が、お払いの儀式をば執り行ってしんぜよう」
「お払いの儀式」
「左様」
「それで雪に憑いた訳ありの霊が救われはんの、楽になりはんのやろか」
「ああ、勿論だ」
 教祖男が自信たっぷり断言するものだから、雪は冗談半分、
「ほなら、お願いします」
 お払いを承知する。
「良かろう」
 例によって仰々しく答えるが早いか、教祖男は持参した鞄から次々と儀式グッズを取り出す。儀式グッズ……ところが見ると、蝋燭、縄、鞭、仮面、バイブ等、丸でSMプレイのツールである。しかも教祖男は自らが身にまとった白装束を脱ぎ、今や赤のふんどし一丁。流石の雪も慌てて、
「何してはんの。何やの、その道具、気色悪う」
「お黙りなさい、神聖なる儀式ですぞ」
「何処が神聖やねん」
 しかし既に陶酔状態なのか、教祖男は有無を言わせない。
「そなたに苦痛を与えることによって、同時に霊が苦しみ嫌になって出て行くのであーる。さ、そなたも早く衣服をお脱ぎなさい」
「何でや、あほらし。いやや雪」
「神聖なるが故に邪念を捨て去るべく、身にまとった衣服をば脱ぎ捨てるのです。すっぽんぽんにならねば、霊は離脱出来ない」
「ほんまかいな」
 教祖男の迫真の演技とでもいうのか、その迫力についつい下着姿になる雪。
「すっぽんぽんです」
 自らの言葉を実践すべく、
「えいっ」
 掛け声と共にふんどしを脱ぎ捨て全裸の教祖男。
「さ、そなたも」
 大きく頷き脱衣を促す、しかしその目は神聖とは程遠く雪の裸体を拝まんと血走っており、生唾ごっくん状態。もう、あほらし、何がお払いの儀式やねん。さっさと商売モードに気持ちを切り替える雪。
 言われるまま下着を取ると、そこには目映いばかり、絶世美少女雪の美し過ぎる裸身。
「お、おーっ」
 ため息とも歓声ともつかない声を漏らしながら、完全に理性を失う教祖男というかただの欲望にまみれし哀れなひとりの男。最早お払いどころの騒ぎではない、鼻息も荒くさっさと野獣と化し、雪に襲い掛からんとする。
 あらら、結局これかいな。何が教祖、何が救世主やねん、まったく。その時またしても雪の中で叫び声『こいつをころして』。分かってるがな、お雪さん。
「料金はちゃんと頂きまっせ。百万、ええでっか。それからもうご存知やと思いますけど、雪と寝たら……」
「ええい、分かっておる」
 今や目の前にいるのは、ただの助平おやじ。桜毒に関する警告すら聞かず雪を押し倒し、むしゃぶり付く哀れ悲しき教祖男なり。結局一晩雪の肉体で遊び遊ばれた教祖男、渋々料金を払うと、夜明けと共にこそこそと宇宙駅を立ち去ってゆく。
 これにはお節も大笑い。
「何が教祖や、あほらし」
「ほんま。雪、がっかり」
 ほんの一瞬とはいえ教祖男を救世主と信じた自分が情けない、改めて本物の救世主を待ち侘びる雪である。
 宇宙駅に戻り、再びひとり切りの雪。朝とはいえ八月の強烈なる陽射しが窓から部屋へ。あっつう、カーテンを閉じて、そのまま雪はベッドに横たわる。ふう、ほんま、あほらし、ため息を吐く間に眠りへと落ちゆく。直ぐに夢が雪をつかまえる、季節が夏であることを忘れさせる夢。

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