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(小説)おおかみ少女・マザー編(一・十六)

(一・十六)マザー
 サンシャインとムーンの死後、狼山はひっそりと静かな日々が続いた。オオカミ族の暮らしは波風も立たず、平穏無事。この先何千年も、こののんびりとした暮らしが続いてゆくかと思える程であった。
 フォエバはオオカミ族のリーダーとして、日々その重責を立派に果たしていた。近頃ではリーダーとしての風格すら漂わせている。エデンはリーダーであるフォエバのサポート役として、積極的に群れの仲間たちの世話を焼いた。といってもオオカミ族の日常は相変わらず平穏なる日々であり、フォエバとエデンの手を煩わせるような出来事は何も起こらなかった。
 或る日エデンはゴミ収集所に捨てられた古着の中から、一着の爽やかな水色のセーラー服を見付けた。山に持ち帰り早速着てみると、それは良く似合った。すっかり気に入ったエデンは、毎日そのセーラー服を身に付けるようになった。合わせて下着、靴下、それに学生靴も揃えた。それらを身に付けたエデンの姿は、誰が見ても人間界の女子学生のそれであった。
 そんなエデンであったが、通常の女子学生では絶対に持ち得ない重き疑問を抱えていた。サンシャインの死に際して、自らが地球の化身であることを知らされたエデンである。
 このわたしが、地球の化身だと?そんなばかな……。しかし本当にわたしが、そうであるとしたら?ではわたしの、否わたしたち姉妹の使命、この地球から課せられたる使命とは一体何だ?そして、どうしてわたしの名がマザーに?エデンのままで、良いではないか?なぜそんな名に、変えねばならぬのだ……。

 時はいよいよ、西暦二〇九六年の夏を迎えた。サンシャインがエデンをここ狼山に連れて来てから、十六年の歳月が流れたことになる。そして我らがエデンは無事、十六歳の立派な娘に成長した。そこでサンシャインの遺言通り、エデンはマザーと名を改めると、オオカミ族の皆から祝福を受けた。そして昨日までのひとりの少女とは異なる、この地球の使命を帯びたる者として、皆、崇敬の眼差しをマザーへと向けるようになったのである。
 しかし十六歳の娘には変わりない。十六のマザーは少女というより、凛とした一見美少年の如き風貌であった。それに合わせるかのように、マザーの言動もまた男勝りであった。
「しかしフォエバよ」
「どうした、エデン?ではない、マザーよ」
 まだ呼び慣れない名に戸惑いながら、フォエバは問うた。マザーが答えて言った。
「夏だと言うのにひんやりとして、肌寒くないか?」
「確かにそうだな。夏と呼ぶには、余りにも寒すぎる」
 狼山は年々寒くなっていた。マザーがここに来た頃に比べて、実は1.6℃程気温が低下していたのである。しかもこれは狼山だけに限った現象ではなく、地球規模で同様に気温が低下していたのである。
 なぜか?一言で言えば、地球が寒冷化している、つまり地球寒冷化の影響であったのである。今地球はゆっくりと、しかし確実に氷河期へと向かっていたのである。その為狼山でも、冬の寒さは年々厳しさを増すばかりであった。

 マザーと名を改めた後も、依然マザーは自らについての疑問に、答えを見出せずにいた。地球の化身であるという事と、その使命、そして自分の名がなぜマザーであるのか、という事である。更にもう一点、自分の連れである双児の姉妹のこと。これらがマザーにとって、現在最大の関心事であった。サンシャインの遺言として聴かされてより、一時としてマザーはこれらを忘れたことはなかった。
 中でも特に双児の姉妹の存在が、マザーにとっては一番気になる所であった。同じ地球の化身であり、同じ使命を帯びたる者。即ち同志!であり、運命共同体、一心同体とも言えよう。そんなもうひとりのわたしのような存在。サンシャインには自分で調べるからと安心させたが、当然ながら手掛かりなど何も有りはしなかった。
 一体何処にいるのだ?我が同胞、姉妹よ。わたしは会いたい。まだ見ぬ、きみ、おまえに……。
 マザーは肌寒い狼山の頂上より、眼下に広がる神戸の街と青い海を見下ろしながら、深いため息を零すばかりであった。

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