耐えかねてきしんでる
自分のいる環境についてなるべく多くを知っていたくて、噂話にも耳を傾けてしまう。
何も知らない新人としてなめられるのが嫌なんだろうか。負の側面も共有できる仲間として認めてほしいんだろうか。とにかく、知った上でどう反応するかは自分次第だし、知らない振りだってできるしと、いろんな情報を得ようとしてしまう。
だれがいつここに来たとか。だれとだれの間にこんなことがあったとか。
一通り話を聞けば、なんだか充実した気がしてしまう。満足感を感じてしまう。
だけど同時に、どわーっと疲れが来る。狭い世界での人間模様と、それにワクワクしてしまう自分のゴシップ心に嫌気が差す。
母国から離れた場所に来てやっと気づいたけど、世界にはものすごい数の人間がいるようじゃないか。
何十億という人が、何百という国に分かれて暮らしている。
小さいころから知ってはいたことだけど、海を越えたところにも人がうじゃうじゃしているさまを見て、この国もこんな感じか、じゃあほかの国もこんな感じなのか、すごい数だな、と想像がちょっと裏付けられた。
しかしそんなことを知ったところで、私の体のスケールは変わらない。
世界はすごーく広いけど、私はその中のひとつの国の、ひとつの街の、ある通りの、ちょっとしたビルのひと部屋にしか、一度には存在できない。
世界にはたっくさんの人がいるけど、私はその中の十数人と、好き合ったり嫌い合ったりするしかない。(この数字は大いに個人差あるだろうけど)
別に、世界を股にかけたり多くの人と知り合ったりしてこの気持ちを解消したいわけじゃない。解消しなきゃいけないものだと思わないし、大きな、ビッグな人間になることで解消されるものだとも思わない。
ただ、この狭い部屋の中でも十分に人の(私の)感情を振り回し、人を(私を)疲れさせる人間関係というものが、このビルの各部屋を埋め尽くし、通りを埋め尽くし、国中に、世界中に広がっているという事実に、私はめまいがしてしまうのだ。
いやいや、お前なんかが、そんな風に世界を憂う必要なんてないんだぞ。
めまいがしたときは、そんな風に自分に言い聞かせて目を覚ます。
覚めた視界に映るのは、私が選んだ小さな部屋の、だれかの好意、だれかの嫌味。
これが私サイズの部屋なんだ。ここで抜かりなく生きるべく、私は小さな小さな情報をかき集めるのだ。
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