マガジンのカバー画像

短篇「君を見つけてしまった」1~8-2

9
どこか一人で生きてますって感じの女の子との冬の出会い。サンタさんのソリと追いかけっこするようにクリスマスイブに向かってゆきます。
運営しているクリエイター

記事一覧

短篇「君を見つけてしまった」1/8

   ⁑ 1 ⁑  廊下のイスに腰掛けると、奥のカウンターで職員と話している女の子が目に入った。  紺色のダッフルコートを着ている。  レポートの文献を読み始めたけれど、再び彼女に視線を移した。なぜって、彼女は中途半端に伸びた髪を肩にはね返られているのだけれど、カウンターの向こうに乗り出して何かを訴えているその姿がとても果敢だったから。  職員が何度もパソコンを覗きこんだり首をひねったりしている。難題を突き付けているのかもしれない。そんな一つの光景が、彼女の生活ぶりをギュッと

短篇「君を見つけてしまった」2/8

   ⁑ 2 ⁑  二度目に彼女を見かけたのはバスの中からだった。  大学から駅ゆきに乗って外を眺めていると、自転車をこいでいる彼女が目に飛び込んできた。ハッとした。やっぱり肩を怒らせて男まさりにこいでいる。  学生課のカウンターに身を乗り出していた姿がよみがえる。  記憶をなぞっているうちに脇道にでも入ったのだろう彼女の姿は消えていた。  自転車に乗っていたのだからこの近所に住んでいるのかもしれない。  地方から出てきた僕は学校からちょっと離れた家賃の手ごろなアパートに

短篇「君を見つけてしまった」3/8

 ⁑ 3 ⁑  薄いウイスキーを飲みながらカウンターで皿洗いをする彼女を見ていた。 「僕ら同じ学校の学生だよね」  頃合いを見て話しかけてみた。 「そうなの?知らなかった。というか人の顔おぼえられなくって私、と言うか人の顔あんまり見てないし」  そう言いながら彼女は僕の目を見ていた。 「専攻は?」 「にんぎょう科学よ」 「人間科学じゃなくって?」 「人形科学よ、人間が人間を操る動機、あるいは操られる仕組み、あるいは人形という悪夢と芸術性、それを勉強してるの」 「そんな分野が

短篇「君を見つけてしまった」4/8

 ⁑ 4 ⁑  僕らは頬杖をついて通行人や車が通り過ぎるのを並んで眺めた。  「あ、あの車」「なに」「いいなと思って」「いいね」なんて言いながら眺めた。 「君、地元の人なんだね。ここは昔からの行きつけ?」 「もちろんそうよ」 「大学の近くに家があるなんていいね。アパート代もかからないしさ」 「そうね、ずっとここにいるの私。だって、父と母がこの土地の下に埋まっているから、ここを離れるわけにはいかないの」 「埋まってるって、ご両親亡くなってるの?」  僕は驚いて、あるいはどこか

短篇「君を見つけてしまった」5/8

 ⁑ 5 ⁑ 「クリスマスのこと話すわね。いい?」  僕らは中庭のベンチで待ち合わせた。「季節が感じられるから」って言っていたけれど、寒さで彼女はいかめしく固まっていた。 「いいけど、まずはどこか店に入ろう」  僕らはキャンパスを出て近くに店を見つけると、熱々のアップルサイダーを注文した。今度は向かい合わせに腰掛けた。 「小さい頃、母にサンタさんは本当にいるのかって聞いてみたことがあったの。そしたら、クリスマスの日にサンタさんに会ったことがあるって母が言ったのよ」 「つまり

短篇「君を見つけてしまった」6/8

 ⁑ 6 ⁑ 「この町にはね、元は電柱だった栗の木があるの」 「元栗の木だった電柱じゃなくて?」 「ええ、元電柱。電柱が木製だったころの話よ」  昨日彼女が教えてくれた町の伝説の一つだ。二人で探しに行ってみると、実際大きな栗の木があって古い屋敷を取り囲んだ塀に寄り添うように立っていた。栗の木には外灯がくくり付けられていて、バス停のベンチを照らし出していた。だからそれは確かに電柱の化身のようにも見えた。 「もう電線はないけれど、ここにいると電線の唸る声が聞こえてくるの」  彼女

短篇「君をみつけてしまった」7/8

 ⁑ 7 ⁑  「真っ暗だね」  ラジオ局の裏手に出ると、まばらな外灯が暗く灯っていて灰色の広場を照らしているだけだった。 「もちろん今は何もないけどイブには奇跡が起きるかも」 「そうだね」  僕らはラジオ局のガラス張りのスタジオにへばりついて、髪つやの女性とニット帽のDJが話しているのをしばらく見ていた。  「もう行こうか」僕が言うと、「うん、行こう」と言って彼女は僕の腕にしがみついて頬を寄せた。「冬だからね」とも彼女は付け加えた。 「親切についてさ、考察してるんだよ」  

短篇「君を見つけてしまった」8-1/8

 ⁑ 8-1 ⁑  電車の中で、暗い車窓に今日のいろいろなことを映し出していた。  彼女の話し方、彼女の笑い声、彼女の反応、その一つ一つが不思議に僕を包んだ。けれど、幸福感の隙間にふっと浮かぶのは彼女の語る様々なエピソードの信憑性。  もしかしたら、と僕は唐突に思い当たる。彼女の話は話しているというよりは、むしろ書いているという作業に近いのではないかと。だから文節は長いし、助詞は几帳面に言いなおされる。話のすじが時間を追って変化するのだって、より珍しい話に昇華させるためともい

短篇「君を見つけてしまった」8-2/8ああ、やっと完結編

 ⁑ 8-2/8 ⁑  僕は町中の雑貨店をまわった。  彼女に贈る最初のクリスマスプレゼントはオルゴールしかないとひらめいていたから。小さな、どこへでも持ち運べる音楽の入れ物だ。  ウインドーから覗いた小さな店の小さなウインドーにコンパクトみたいなのを見つけて入ってみた。やはりオルゴールだった。  青地に赤の模様がはいっていて彼女にぴったりだ。問題は同じものが二つあって、それぞれの曲が違うこと。どちらもチャイコフスキーのくるみ割り人形で、行進曲と金平糖の精の踊りだった。店の人