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「わかりやすい説明」の悪いところ

実験をすれば疑問を持つか?

子供に実験を見せれば,自然に「不思議だな」と思うか?というと,そんなことはなかったと思う。
炎色反応などを見せても「わー綺麗!」という感想は持っても,「なぜだろう?」という疑問は出てこないことが多い。

そもそも「疑問を持つ」ためには,何か違和感を感じなければならない。
そのためには他の知識との比較・検討が必要になる。他の知識とのつながりがない孤立した知識や実験結果から疑問を感じることはない。

疑問に対する答え,それが一つの知識であったり実験結果であったりするのだが,その結論のようなものを聞くと,ふーん,なるほどね,と人は安心してしまう。
これが「わかったつもり状態」だ。

小4理科「もののあたたまりかた」

例えば小学校4年生の理科で「もののあたたまりかた」という単元がある。
この中で,ビーカーに入れた水をアルコールランプの炎で端を温めてやると,どのように温まりますか?という実験がある。

結果はどうなるか,考えてみてほしい。

ビーカーの水を温める。温まり方はどちら?

Aは温められたところの水が上昇し,そのまま水の上部から温まっていく。Bは水が回転する流れを作り出して全体が温まっていく。








対流って何だっけ?

・・・正解はAだと言われている。
Bを選んだ人はよく勉強している大人が多い。「回転流」のイメージが「対流」という言葉と結びついているのだ。

私も「そんなばかな」と思った。「温められて上昇した水があるのだから,必ず下降する流れが生じるはずだ。そうでなければ質量保存則が成り立たない。」などとわかったようなことを口走った。

ここで言う質量保存則とは化学の分野ではなく流体力学分野での用語だ。変に他分野の知識をも聞きかじっているので,その余計な知識が認識の邪魔をする。

半信半疑のまま,実験をしてみると,確かにビーカーの水は回転していない。
水流の可視化はなかなか難しいのだが,サーモインクや銀の絵の具を使って何度も実験して確かめた。

じゃあ,大気の循環や地球内部のマントル対流はどうなのか,と言うと,これは実験条件による,と言わざるを得ない。

回転流が実現するような実験条件も存在するが,小学校の理科の教科書に載っているような,ビーカーの底を強熱するような実験では回転流が起こらないのだ。

実際は,温度変化をリアルタイムに測定することは非常に困難だし,温まり方と水の動きを混同しやすい。また,粘性が小さな水は乱流になっているようであり,AかBかといった単純な選択肢を示すのは適切でないと思っている。

工学系の熱伝達の本を見てみると,対流という言葉は流体が移動することによって熱が運ばれることを指すのだそうだ。必ずしも熱によって回転する流れを意味しないこともわかり,ショックを受けた。

「わかりやすい説明」と「わかったつもり」は表裏一体

実験方法についてはさておき,なんらかのわかりやすい結論を示されて,なるほど,と思った経験があると,人はその結論を疑うことが難しくなる。

教える側の観点から言うと,「わかりやすい」説明は相手を「わかったつもり」にさせる,ということでもある。

最近,ネット探索によって短時間で結論を得ようとすることが普通になってきているし,それで満足してしまいがちだ。
わかりやすい説明を,できるだけ短く,コンパクトにまとめようとするので,結果的に物事を単純化してしまう。

私たちは常に,「これは本当だろうか?」「そのような理解で良いのだろうか?」と反省することが必要なのに,日々目に飛び込んでくる大量の情報の仕分け作業に追われてゆっくりじっくり考える暇もない。

「あれも,これも」になりやすい教育の世界で,児童・生徒・学生にゆったりと考えることができる環境を与えることは,なかなか難しい。


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