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シン・俳句レッスン64

ヒメツルソバ(姫蔓蕎麦)。いつも気になっていたが検索することはなかった。季語にもなってないだろう?俳句にはなっているのだろうか?こういう誰も詠んでないようなものを詠むのが俳句の醍醐味だったりする。

おじさんはどこかで見つめ姫蔓蕎麦  宿仮

俳句を詠んだという努力だけ。

俳句いまむかし

坪内稔典『俳句いまむかし みたび』から。

風邪心地世界の端に引っかかる  児玉硝子

流行性感冒ということだろうな。流行には敏感ということか。稔典さんの解釈は逆で端っこにいる自分を見つめ直すという句だという。

ひとごゑのなかのひと日の風邪ごこち  桂信子

「風邪心地」が季語だったのか?

今がまさにそうだった。

かぜごこち今日も一句唾を吐く  宿仮

難しい。くしゃみだな。

嚔(くさめ)して今日も一句まき散らす  宿仮

蒲団干すアジアの空の晴れきつて  赤間学

高層ビルの蒲団干しだという。今日は蒲団は干せない。

蒲団ほす家の暮らしのみられけり  西島麦南

最近はあまり蒲団ほしも見ない感じだが。むしろ蒲団干した後が昭和の匂いだよな。

蒲団ほし花袋は次へ執筆中  宿仮

『蒲団』にいつまでも夢見てないで。明治文学だった。

歳時記を持ちて二階の日向ぼこ  松本ふみ子

そういえば最近全然『歳時記』読まないな。ネット検索か?俳句のアンソロジーを見た方がいいような気がする。そうだ、想い出した。新興俳句に挑戦するんだった。次から行分け俳句をやってみる。

うとうとと生死の外や日向ぼこ  村上鬼城


無く
ただ
ぼつこり
子が生まれ  宿仮

物名の行分け俳句。縦読みね。

たばこ屋にポストある街日脚伸ぶ  仁平勝

「日脚」が季語なのか。「日脚伸ぶ」が冬の季語だという。

ありがたや能なし窓の日も伸びる  小林一茶

無為の人だから窓の日を楽しむことが出来るという名句だと言う。




境地
日脚伸ぶ  宿仮

行分け俳句は面白いな。適当だけど、その適当さが行分け俳句。

初場所の砂青むまで掃かれけり  内田哀而(あいじ)

相撲は神事なので新年の清々しさの俳句か。「砂青むまで」が秀逸。

初場所やひかへ力士のくみし腕  久保田万次郎

これは出番前の緊張感ある句だった。俳句で一番読まれるスポーツが相撲だろうか?いやスポーツではなく神事なんだよな。

初場所の
神事なく
殴り合う  宿仮

最近の相撲かな。

年玉やちちはは祖父祖母叔父叔母より  足立幸信

お年玉を貰えない年になったが上げることもない。天涯孤独か?

年玉や天涯孤独落下する  宿仮

シビアな句だな。

年玉を妻に包まうかと思ふ  後藤比奈夫

暖かい句だ。ここまでにしよう。


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