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夕霧事件の解決は?

『源氏物語 40 夕霧二』(翻訳)与謝野晶子( Kindle版)

平安時代中期に紫式部によって創作された最古の長編小説を、与謝野晶子が生き生きと大胆に現代語に訳した決定版。全54帖の第39帖「夕霧二」。母の死を悲しむ落葉の宮を夕霧は一条邸に移し、私たちの関係は既に世間に知られているのだからと、宮が引き篭もる蔵に無理やり入っていった。邸に帰ると雲井の雁は実家へ戻っていた。迎えに行っても嫉妬に苦しむ雲井の雁は取り合わない。恋はこんなにやるせないのに、人はなぜ面白がるのかと嘆く夕霧だった。

『夕霧一』では光源氏が出てこなかったのでもう出て来ないのかと思ったら出てきた。出てきても我関せずということだったのだが、ちなみに角田訳も見たのだが『夕霧』で帖がわけてあるのは与謝野晶子の訳だからであったようだ。前半はまったく出て来ないで、後半になって出てきたのは、すでに御息女が亡くなった後の葬儀の時だった。でもこの時に朱雀院に手紙を書いているのだった。光源氏は朱雀院には手回ししたということなのだろう。このへんの政治力は見逃せない。

大和守という人が突然出てきたがこの人が一条御息所の甥であり葬儀委員長だったので夕霧は話を付けたようだった。男の世界はそのように動いていくのだが、女の世界は違った。最初に、大和守の妹は少将の君だと言うから本当なら大将(夕霧)に意見することは出来ないと思うのだが堂々意見を言う。それは一条御息所と娘の落葉の宮の代弁なのだがそして夕霧は和歌を送る。

(夕霧)
里遠み小野の篠原わけて来てわれもしかこそ声も惜しまね
(少将の君)
藤衣露けき秋の山人はしかのなく音(ね)に音をぞ添へつる

夕霧の和歌は古今集のパクリだった。勅撰集とかはそういう判例集みたいなものであったと丸谷才一の本に出ていた。だからそれを暗記していればすぐに歌が作れるのだった。しかし返歌は即興だから用意していたものと違う。その返歌に夕霧はたいしたことはないと見くびるのだが。

(古今集)
秋なれば山とよむまで鳴く鹿にわれ劣ららめやひとり寝る夜は

そして自宅に帰ってくると雲居の雁が怒っている。その和歌のやり取りも面白いものだった。

(夕霧)
いつとかはおどろかすべき明けぬ夜の夢さめてとか言ひしひとこと

これも過去の名歌から引用したもので、夕霧はそういう形式を重んじる男として官僚的(国会答弁でも受け答えは用意されている)に描かれているのだと思う。その歌は、

いかにしてよによからむ小野山の上より落つる音無しの滝

出典不詳

(雲居の雁)
朝夕に泣く音(ね)を立つる小野山は絶えぬ涙や音無の滝

雲居の雁のこの歌は名歌として、「音無しの滝」は比喩であったのだが場所を特定されて名付けられるほどになったいうのである。「音無しの滝」という物語が生んだ観光地になったのだ。

この後に光源氏のコメントと紫の上のコメントが入る。光源氏は(大将という)立場上のことを言うのだが、紫の上は身分上(女性が被る制度)のことを言う。最終的には光源氏は夕霧を庇うのだった。そしてそうのように政治的根回しをしたのだった(プレゼント攻撃)。そしていつの間にかそれは結婚の準備となっていくのだ。最後まで抵抗する。夕霧は六条院の花散里からも小言を言われる。夕霧は結婚ではなくあくまでも柏木の遺言どおりに面倒を見るのだと言い訳をする。そのことばをあっさり受け入れてしまうのだ。だがもう一人もっとも難敵な雲居の雁がいた。そこで「鬼」よばわりされている。「鬼嫁」の語源は『源氏物語』かもしれない。そして里帰りするのだった。

結局男たちの根回しが成功した話として柏木の弟である蔵人少将が話を付けに言ったのだ。そして雲居の雁との間を取り持つのも惟光の娘の内侍なのだ。この展開は凄い。結局尚侍の力に頼るしかないのだった。



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