スライダーが得意な新入部員に気をつけろ!!

 お世話になっております。アナリストの梅村です。新春ですね。桜吹雪とヒノキの花粉が舞い、私は花粉症で咳と鼻水が止まりません。勘弁してくれよ。

 さて、高校野球に限りませんがこの時期は部活動にとって大きな勝負のときです。強豪であれば事前のスカウトである程度入部者は把握していますが、そうでない一般的な部活では、この数週間でいかにして優秀な新人を獲得できるかどうかが中長期的な戦力に大きく影響します。

 かくいう私も部活動の顧問をしていた時には部員の獲得に頭を悩ませたものです。まあ勧誘自体は生徒がやるんで、僕がやるのは廊下で会う1年生ほぼ全員に難癖謎の理屈をつけて「おう野球部入らねぇか」って言うだけなんですけども。

 それはさておき、今回は表題に関連しましてラプソードなどを使って新入生のデータを測る中で感じた「新入生の投球練習はここを見たほうがいい」みたいな点を、データ屋目線で書かせていただこうと思います。もしよければ参考にしてください。では。


想定する読者

  • 投手を希望する選手が複数いる

  • 投手希望者の多くは最低限野球経験がある

  • 1年生を加えなくても練習試合を2試合できる

ようなチームの指導者を特に想定しています。ラプソード等の測定機器はあったほうがいいですが、目視でも大丈夫です。では。

新入生の投手はとりあえずここに注目

キャッチボール時

  1. キャッチボールのときにボールがスライドしているかどうか

  2. 塁間以上の距離でショートバウンドする送球をしていないか

 もちろんほかにも山ほど見ることはあると思いますが、アナリスト的にはとりあえずこの2つは見ておいたほうがいい気がします。特に1。見たらマークです。理由は後述します。

ピッチング時

  1. 持ち球。得意球種。「スライダーが得意」と言われたらその時点でマーク

  2. ストレート。カット系の球質かつ「スライダーが得意」ならば徹底マーク

  3. スライダー。大きく曲がる緩いスライダーならもう絶対にマーク。スマホのスロー撮影を準備

  4. カーブ。カーブといいながら実際には明らかに斜めに曲がる緩いスライダーなら絶対にマーク。スマホ準備

  5. スマホでストレートのリリースをスロー撮影。リリース時に指がボールの(右投手の場合)右側にあったらアウト

 ええ、スライダーです。他の球種もリスクはありますが、「スライダーが得意です。めっちゃ曲がります」と自信満々に言ってくる(特に中高生)新入部員はその実力の如何にかかわらず注意したほうがいいです。

なんでスライダーやねん

 「スライダーはよくない」と聞くと「今更古くさい話ししてるなぁ」「知ってるよそんなん」と思われる指導者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 私自身、昔から(真偽不明の)スライダーの故障リスクについては耳にタコができるほど聞かされてきましたが、今回フォーカスしたいのはそこではありません。どちらかといえば、「球威」や「投球スタイル」についてです。

 また、「スライダーは打たれやすい」「スライダーなんか投げてると成長しない」と言ったような話をする気もありません。むしろスライダー系統の球種は現代の野球において最も重要な球種の1つであると断言したいところです。

 ただ、それだけ重要な球種であり、威力があるがゆえに多くの投手はそれに頼りがちです。非常に有効かつ重要な球種だからこそ、そのリスクは強調しておきたいと考えています。

スライダーが得意な投手にはどういうリスクがあるの?


 一言で言ってしまうと、「極端な回外型になってしまう」、つまり「極端に回転効率が低い投手になってしまう可能性が比較的高い」というのが個人的に最も感じているリスクです。

 詳しく話を進めていく前にまずは回内型、回外型について簡単に説明しておきましょう。知っている方は飛ばしていただいてOKです。

(前提知識)回内型、回外型について

 回内型(Pronator)、回外型(Supinator)とは、アメリカの野球専門ジム「ドライブライン」が提案している投手の分類方法です。

 リリースの様子を後ろからスロー動画で撮影したときに、腕が身体側に入っている(または中指と人差し指がボールの中心を通っている)タイプが回内型、腕が身体と反対側に入っている(または中指と人差し指が身体と反対側を触りながらリリースしている)のが回外型です。

 一般的に、回内型・回外型には次のような特徴があります。

回内型
伸びる(ホップするストレート)を投げる
横変化の大きいスライダーが苦手なことが多い
チェンジアップはサークルチェンジ系が得意
回外型
カット気味のストレートを投げる
直球の威力が低め。ツーシームやカッターに置き換えることも多
大きく曲がるスライダー(スイーパー)系が得意
サークルチェンジは苦手


 詳しく知りたい方は以下のnoteがよくまとまっていておすすめなのでぜひ。

回外型がダメなわけじゃない

 なお、今回はあまり詳しく触れませんが、ここで強く主張しておきたいことが1つ。

「回内型のほうが回外型より常に優秀」ということはないです。もちろん逆も。

 日本野球においてはとかくきれいな(伸びのある)ストレートが持て囃され、ありとあらゆる創作作品に登場する主人公の投手はホップ成分強めのストレートを武器としていますが(ジャイロボールを武器とする某漫画の主人公は違うかもしれませんが)、だからといってきれいな(ホップ成分が大きく、「よく伸びる」)ストレートを投げる投手が必ずしも優位というわけではありません

 たとえば大谷翔平はストレートの回転効率76%とかですから完全に回外型ですし、2021年にサイ・ヤング賞を受賞したコービン・バーンズは65%程度。おそらくMLBに到達した投手の中では最も回転効率が低い域に入ります。また、去年カブスの新エースとして君臨したジャスティン・スティールに至っては恐怖の回転効率59%(それは最早ストレートではないだろ)多少回転効率が低かろうとMLBの舞台で活躍している事例は結構あります

↑スティールのハイライト動画。見るからにカットしてますがめちゃくちゃ空振り取りますしそもそもほぼストレートとスライダーしか投げません。

 そもそも日本人メジャーリーガーにしても確実に回内型といえるのは今永昇太(98%)と藤浪晋太郎(97%)ぐらいのもので、山本由伸(93%)や菊池雄星(91%)、ダルビッシュ有(86%)、前田健太(86%)は中間にあたります。そして前述の通り大谷は回外です。別に回内型でなくても、かなり(MLB最上位クラス)の好投手にはなれるのです。

ただそれでも「スーパー」回外型は厳しい

 ただ、それでもいくらなんでも限度はあります。以下は昨年のMLBで50球以上ストレートを投げた投手の回転効率分布を5%刻みでヒストグラムにしたものです。

データ出典:https://baseballsavant.mlb.com/leaderboard/active-spin?year=2023_spin-based&min=50&hand=

 これを見ると、回転効率の分布は一定ではなく、①85%②75%前後を下回ると人数が大きく減少することがわかるはずです。さらに、65%を下回るとそれ以下はほとんど存在しません。

 ただ、前述のコービン・バーンズのようなカットボーラーはフォーシームをほとんど投げないためこのグラフには含まれません。同様にツーシームボーラーもこのグラフにはふくまれません。したがって実態としては60-80%帯にはもう少し多くの投手が存在します。ただ、それを加味してもやはり直球の回転効率が60-65%を下回る投手がMLBレベルで生き残ることはかなり難しいと考えたほうがよさそうです。

Excelのヒストグラムって使いにくいですね……やっぱRの環境構築し直さないと

 この要因ははっきりしませんが、あまりにも回外型になってしまうと常にボールがスライドしてしまうため、制球が上手く行かなかったり、そもそも強いストレートを投げられなくなってしまうからではないか?と個人的には推測しています。

 したがって、個人的には回転効率40-50%の投手(勝手に「スーパー回外型」と呼んでいます)については本人の意向にかかわらず回転効率を回復させないと、投手・野手として高いレベルでプレーすることが難しくなるのではないかと考えています。

 そして、その修正する必要がある「スーパー回外型」になってしまうリスクが高いのが上記のチェックポイントに当てはまる投手、というわけです。

なぜスライダーが得意だと「スーパー回外型」になりやすいのか

 まず大前提として、スーパー回外型にあたるストレートの回転効率が40-50%を記録することが多い投手は、以下の2パターンに当てはまることが多いです。

  1. 野球始めたばかりの初心者

  2. スライダーを投げすぎてストレートのリリースに影響が出ている投手

 1に関しては、正しい投げ方握り方を指導者側が丁寧に教えれば案外すぐに解決します。リリースのしかたを知らないのですから仕方ない。

余談:この特性上、初心者を野球に勧誘する上での1つの策に「ブルペンでピッチングをさせる」というものがありますが、手っ取り早く教えられるのがスライダーです。回外型の子ですと横に大きく曲がる「スイーパー」を投げられることが多いですから、握りを教えて投げさせて「これスイーパーだよ!大谷が投げてる!才能あるよ!!」とか言っておだてあげるとだいたいすごく喜ばれます。そのままおだてて入部してしまえばこっちのものですから、入部届もらった瞬間さっさと投げ方修正してしまいましょう。スイーパー?なにそれ知らん知らん。ほうき好きなら掃除でもしとけよ。

 困るのは2のパターンです。このタイプの投手の多くにとって、スライダーは武器であり、生命線でもあり、拠り所でもあります。なぜなら、回外型ゆえに周りから「ストレート球速の割に結構打たれる」「思ったより威力ないよね」と、ストレートを酷評されていることも結構あるから。

 そうなると、抑えるためにも周りから評価されるためにもスライダーにこだわるしかありません。結果として彼はスライダーの曲がり幅を求めるために、よりボールの外側(右投手ならば右側)を触りながらリリースしようとします。つまり極端な回外型のリリースですね。

 もちろん、ストレートとスライダーをきっちり投げ分けることができていれば問題ありません。ただ、元々回外型の投手は(当たり前ですが)ストレートのリリースも回外寄りです。ですから、徐々にストレートのリリースがスライダーに引っ張られて、外側に寄っていってしまうんですね。

 そしてこのリリースが定着してしまうと「スーパー回外型」の完成です。ここまで来ると修正はなかなか大変。修正するだけで結構な歳月を要してしまうことがあります。そうなる前に、芽を見つけたら積んでしまうという姿勢は大事です。

見つけたらどう修正すればいいの?

 見つけた場合、対応策はいくつかあります。以下は私が今まで試してきて比較的上手く行ったパターンを列挙しておきます。ただ、「スーパー回外型」に陥っている投手を修正するのに必要なのはかなりの忍耐である、ということも合わせて申し添えます。

レベル1:スロー撮影した動画を見せる

 ごく軽度な回外型(70後半‐80%ぐらい)ですとこれで修正できることも多いです。人間は意外と自分がどこでどのようにリリースしているかわかっていないものです。スロー動画を見せて「ほらずれてるっしょ?」と言うと結構な割合で「おお~~~」という反応をされます。あとはそれを繰り返して修正していけばOK。ラプソードがあるとさらによし。

レベル1.5:握りの確認

 これも軽度な回外型(70-80)向け。回転効率が低い投手の多くは、ボールの握りに問題があることがあります。

  • 中指と人差し指の間にボールの真ん中があるか

  • 中指と人差し指のかかり方は均等か(均等でないなら調整させる)

  • 指がリリース時に負けていないか(負けないようにしっかり押させる)

  • ボールと手の隙間が大きすぎないか

あたりを確認してあげると案外修正されることが多いです。初心者に多いですね。

レベル2:リリース時の意識を変えさせてみる

上の2つを試しても治らない場合は、リリース時の意識に問題があることがあります。そのため、「投げる時にもう少し人差し指力入れてみて」「シュートかけるつもりで」などと言うとだんだん治ってくるパターンも。ラプソードがあるとわかりやすいです。

レベル3:ツーシームを投げさせる

これは案外有効。人によりますが(6-7割ぐらいは上手くいくイメージです。体感として)、60%ぐらいの投手でも90%ぐらいまで持っていけることがあります。方法としては「ツーシーム投げて」と言って投げさせるだけ。だいたい野球経験者は「ツーシーム」=「シュートするボール」というイメージがありますし、ツーシームは縫い目が対称なため人差し指と中指で均等な回転がかかりやすいのです。何球か投げていると回転効率がよくなってくるので、頃合いを見て「今のイメージでストレート投げて」というとストレートの回転効率もよくなることが多いです。

 ここまでは割と即時で修正できるパターン。

レベル10:フォームに介入する

 あまり確証がないので一応書いておくレベルではあるのですが、フォームの影響で回外寄りになっている投手もいます。並進運動が拙かったり、体重移動が早かったりするとリリースが上手くいかずに回外になってしまっているパターン。

 このパターンですと、丁寧にフォームを見直して修正して……という作業が必要になる可能性が高いです。とはいえ、フォーム変更はリスキーなことではあるので「徐々に直していくとしてとりあえず今はツーシームで勝負しとこうか」「フォーム直ったら投球スタイル変えたほうがいいかもしれないけどまあその時考えようか」という話で落ち着くことが多いです。

※具体的にどう修正するかはメカニクス専門の方にきいてください。

レベル100:修行

 ここまでで修正できないと修行が始まります。ラプソードの数値を見ながら「どうすればいいんだろうねぇ……」「うーんわからんねぇ……」と言いながら2人揃って難しい顔をしながらピッチングをする羽目になります。

 ただ、それでも上記の改善策を試しているとある瞬間によい数値が出ることもあるため、「今の感覚わかった?」「じゃあ今の感覚で投げてみよう!」を繰り返していくことでちょっとずつよくなっていく……かもしれません。ここまで来ると正直ラプソードなしではどうにもならないと思います。

※一方で、くどいようですが回外型をすべて矯正しなければならないというわけではありません。極端な「スーパー回外型」を除けば、「ストレートで空振りを取りたい」という意思がない限りは無理に矯正しなくても問題ないように思います。どちらかというと回転効率が大きく変化しないようにモニタリングするほうが重要ですね。

優秀な「スライダーが得意な新入生」を潰さないために

 というわけで、スライダーが得意な新入生のリスクがおわかりいただけたでしょうか。極端な回外型になっても問題なくピッチングを続ける投手はもちろんいますが、やはり球速は出にくくなりますし、その投手の未来を考えると望ましいことではありません。また、場合によっては上手くストレートを投げられない「イップス」のような状態に陥ってしまうことすらあります

 前述の通りスライダーというのは非常に有効なボールです。スライダーが武器(ストライクゾーンに投げられる、空振りを取れる)というだけで、ある程度レベルの高い相手でも抑えられるポテンシャルを持っています。それだけに、極端な回外型になってしまいパフォーマンスを落としてしまうという未来は避けるべきです。ですから、見つけたら早期発見、早期対処が重要。指導者の皆様におかれましてはこの早い段階から不安の芽を見つけていただいて、逐一チェックしていっていただけることをおすすめします。



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