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#ネタバレ 映画「シックス・センス」

「シックス・センス」
1999年作品
倒錯
2012/6/11 17:25 by さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。 )

リタイアして何年か後の事です。野暮用で違う支店に行ったら、思いがけず昔の同僚が転勤して来ていまして「お久しぶり」という事になりました。彼は私の容姿をさりげなく観察し、昔と同じように、悪意のない透明な上から目線で「元気そうだ」と言ってくれました。その彼はと言えば、現在の処遇を悩んでいるようで、私よりも生気が感じられませんでした。

死者が己の正体を知らずに上から目線で生者の人生相談に乗る、という倒錯したこの逆転劇を映画館で観ましたが、なんとなくレビューを書かずじまいの作品のひとつでした。最近TVで放送されていましたので再観しましたが、ネタを知ったうえで見直すと、これが、なかなか良く出来た味わい深いドラマでした。

伊坂幸太郎さんが原作の映画などでもそうなのでしょうが、ネタを知ったうえでもう一度見直すと面白いのでしょうね。私は大抵一回鑑賞なので、楽しみも半分だったのでしょう。

主題はこれからゆっくり考えることにします。でも、倒錯という言葉も映画の雰囲気には悪くありません。

また、いつかDVDできちんと再観してみるつもりです。

★★★★☆

追記 ( 家庭内離婚と ) 
2016/3/10 22:41 by さくらんぼ

主人公・マルコムは仲睦まじい結婚生活をしていました。でも、ある日突然、壁が出来たように、妻がマルコムを避けるようになったのです。

いわゆる家庭内離婚みたいな状態。でも妻を問い詰めれば、きっと事態はさらに悪化する。

もう仲良しに戻れないなら、いっそ別れてしまえば、それは、それでスッキリしたのかもしれない。こんな宙ぶらりんで、理由も不明なまま、妻と同居するのは哀しすぎる。

この、わかりあえない、哀しく、寂しい気持ちが、この映画の基調低音。

映画「シックス・センス」は、私たちの日常でも経験できるこんな気持ちを、ホラーの形式で描いていたのでしょうか。

ぜひ、誰かに聞いてもらいたいのだけれど、誰に話すわけにもいかない。この映画は、そこからスタートしたのでしょう。

そして、このベクトルの延長線上には、イジメ問題も、見え隠れしているのです。加害者と被害者、両者の事情も描かれながら。

追記Ⅱ ( 被災地での幽霊体験 ) 
2016/3/12 18:16 by さくらんぼ

被災地で「幽霊体験」が語られているそうです。

私には霊感がまったくありません。今まで一度もそんな体験はありません。でも、たまたま私に霊感が無いだけで、霊魂は存在すると思っています。

しかし、この話題を科学的に検証したり、否定しようとする試みは、問題の主題から外れている様に思います。

主題は「生者の中にも、死者の中にも、哀しんでいる人がいる」という事でしょう。「みんな癒されたい」のです。

だから天下のNHKと言えども、被災地の「幽霊体験」を報道するのが正解だと思います。そうやって、日本中で哀しみを共有し、癒してあげるのです。さらに宗教や、メンタル専門家の助言を仰いで、国レベルでも色々な活動をすべきだ思います。

追記Ⅲ ( 心の痛み ) 
2016/3/23 7:53 by さくらんぼ

家庭内暴力からの保護を求めていた男子中学生が、自殺を図ったというニュースが入りました。以前から介入中の児童相談所は「切迫した状況ではない」と判断し、保護を見送っていたそうです。

でも、殴られるだけが暴力ではありません。暴力とは肉体の痛みだけではなく、つまるところ心の痛みなのです。

家庭内離婚のように冷え切った親子関係の中で暮らしていくこと自体にも、心の痛みがあることを想像すべきだと思います。

追記Ⅳ ( 断絶の壁 ) 
2016/4/2 15:37 by さくらんぼ

追記Ⅱで( 被災地での幽霊体験 )を書きましたが、今朝のNHKラジオでも放送がありました。その放送に敬意を表します。

「 幽霊を乗せたタクシー運転手さんが、乗車記録があるのにお客が消えてしまったので、自腹を切って料金の帳尻合わせをしたり…そんなことがあっても怖がるのではなく、『今後も、出会えばまた乗せる』と言っていたり…。」

街が破壊されただけでなく、震災での死者・行方不明は20,000人近い。だから現地では日常の中に死が存在し、それが少なからず人々の心に影を落としていると思うのです。でもTVにはご遺体がまったくと言ってよいほど出てこないため(それも、やもうえないが)、私を含め遠くの人には肌感覚の深刻さが伝わりにくいのかもしれない。だから風化も早い。

しかし、被災地での幽霊話は、その断絶の壁をいくらかでも壊し、理解が進む手助けにもなるのではないのか、と思うのです。

無神論者であったり、幽霊の存在を信じない科学者でも、お墓参りや、神社仏閣へのお参りはするでしょう。ならば、それと同列に、幽霊話を語れば良いのではないでしょうか。封印するのではなくて。


( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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