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#ネタバレ 映画「重力ピエロ」

「重力ピエロ」
2009年作品
女王蜂は命がけで守られる
2009/5/27 10:10 by さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。 )

映画は「人生の覚悟」を教えてくれることがあります。

タイトルが思い出せないのですが、モンゴル映画だと思います。婚約者がレイプされ妊娠したために、婚約破棄をした男と、女のその後の物語です。

そんな場合、結婚するのか、しないのか。自分の子として育てるのか、しないのか。映画は聡明な答えを出しています。

「重力ピエロ」を見て、あの映画を思い出しました。やはり正解は普遍的なようです。

前置きが長くなりましたが、この映画には蜂が出てきます。蜂には女王蜂がいて、働き蜂は女王蜂を命がけで守るそうです。

「重力ピエロ」で女王蜂とは母親のことだったのですね。母親を侮辱した者は許されないのです。そして、この映画では母親のレイプ事件やその子供が春だったことなど、すべてが街の人たちに知れ渡っているという設定です。忘れてしまいたいことなのに・・・そこに、のこのこレイプ犯がやってくる。平気な顔をして、忘れがたい惨劇の傷口に塩をぬりたくりにやってくる。このレイプ犯から再攻撃同様の事態は、蜂たちにとっては許されざる事だったのです。

ただ、おしむらくは春が実の父を殺める時、兄貴を見つけて微笑むことです。兄貴に甘える気持ちは説明されていましたが、理由はなんであれ、人を殺める時に笑ってはいけない。映画「燃えよドラゴン」のブルース・リーが、妹の敵討ちをするときの、哀しみ、に満ちた表情を忘れることができません。

ところで、映画の冒頭で、春が落ちてきた、のは、逃げる犯人を追いかけるためですね。ならば、映画の終わりで、春が落ちてきたのは、ストーカーの女性を追いかけるためだったのでしょう。お仕置きではなく、愛を受け入れるために。母がいなくなり、巣には新しい女王蜂が必要ですから。

★★★★

追記 
2009/5/31 13:09 by さくらんぼ

「重力ピエロ」、「DNA」、「蜂」、「楽しそうに生きていれば、重力なんかなくなる」。キーワードがならびました。

ちまたに「蜂は理論的には空を飛べない。それでも飛んでいるのはなぜか。それは蜂が飛ぼうとしたからだ」という感動話があります。(理論のクールな真偽にはここでは触れません。)

「重力ピエロ」という映画のタイトル説明であろう「楽しそうに生きていれば、重力なんかなくなる」という春の養父の言葉は、映画ではサーカスのピエロ話で紹介されていますが、裏側では「蜂」の話からも影響を受けていたのかもしれません。

そして、この「・・・重力なんかなくなる」の重力とは、単に地球の引力だけでなく、人生の「もろもろの壁」も含んでいるのだと思います。

>ただ、おしむらくは春が実の父を殺める時、 兄貴を見つけて微笑むことです。(本文より)

と、私は書きました。でも、もしかしたら、この禁断の微笑こそが、この映画の要だったのかもしれないと、ふと思いました。

実の父を殺めるというショキングな行為を前に、自分で計画をしておきながら、最後の壁を乗り越える事ができない春ですが、そこへ駆けつけた兄を見て「微笑む」ことで、一線を超えてしまったのです。

微笑には、ある意味、理性を麻痺させ、目の前の状況を受け入れさせてしまう魔力がある。微笑みは春風のように無害なものだと信じてきた私は、あのとき、微笑みの裏に潜むあろう恐ろしい力、を目撃したのかもしれません。だから微笑む殺人鬼がいたとしたら怖い。本能的に怖い。余談ですが、微笑が効果的に使われている映画として「戦場のメリークリスマス」もありますね。

振り返れば、実の父も、養父も、ともに微笑が似合う人です。実の父はその微笑で遭難事故を乗り切り、養父は事件を遊びとして軽くこなした。春の中に存在した実父譲りのDNAは、養父によってさらに増幅され、クライマックスの微笑で全開したのかもしれません。

この映画は、養父の春風の様な微笑から、春のクライマックスの微笑まで描いていました。映画の着地点では、巧妙かつ深いスリラー映画が完成し、ねらわれた味わいは、パズルがハマッタ爽快感よりも、不意を突かれた戦慄だったのかもしれません。

巧妙なスリラーとして★★★★★

追記Ⅱ 
2009/6/2 8:55 by さくらんぼ

理由は何であれ、人を殺めた主人公は、自首するのが映画のラストとして普通は正解だと思います。それも周到な計画殺人ですから。でも「重力ピエロ」ではしません。兄が止めてしまいます。ひとこと言っただけで弟もそれに従います。ここに疑問符がついた人は私だけではないと思います。

これも「楽しそうに生きていれば、重力(法律)なんかなくなる」ということなのでしょう。実はモラルが破壊されたスリラーなシーンだったのですね。

そして終わりに、ストーカーの女性を見つけて微笑んで二階から飛び降りる春のシーンも、微笑みの裏に潜む恐ろしい力を知った後で観れば、それは一瞬、春が愛を受け入れるのか、拒むのか、わからないスリラーなシーンだったのかもしれません。私は愛を受け入れるシーンだと思いますが、あの時「春が落ちてきた」と言った兄の表情と声は決して明るくはありませんでしたから。

追記Ⅲ 
2009/6/4 9:32 by さくらんぼ

( 映画「セブン」のネタバレにも触れています。)

細部はともかく「重力ピエロ」をひと言で言えば映画「セブン」にちょっと似ていると思いました。ブラピさんでおなじみの。いわゆる、ミイラ取りがミイラになる、みたいなところがありますから。

「セブン」は自分がミイラになったことが非常に分かりやすい。主人公にも観客にも。でも「重力ピエロ」では分かりにくい、というよりも、微妙に分かりにくく作ってあるのが、この作品の味であり、セールス・ポイントなのかもしれません。

「重力ピエロ」の前半は、善悪、白黒がハッキリしています。でも、知らないうちにグレー・ゾーンへ迷い込み、最後には主人公が殺人犯になってしまいます。

春の実父も連続暴行犯でしたが殺人まではしなかったはずです。いちおう刑務所で罪も償った。しかし主人公は殺人犯になり自首もしない。そう言う意味では実父よりも罪深いかもしれないのです。

それを、そのまま、なんとなく、「これで、楽しく暮らせるんだから、いいんじゃない!」とばかり映画を終わらせてしまうことで、問題提起を静かにこの映画はしていたのでしょうか。ちなみに「これで楽しく暮らせるんだから、いいんじゃない!」とは、悪魔のように忌み嫌っていた春の実父のライフ・スタイルと同じです。まさにミイラ取りがミイラになった瞬間ですね。

われわれの実生活でも、自分は犯罪など犯さないと自信を持っていても、じわじわと気づかないうちに近づいていく可能性もあるのではないでしょうか。そんな、分かりにくさという落とし穴も、この映画は描いていたのかもしれません。


(  最後までお読みいただき、ありがとうございました。

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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