#メタバース進化論 感想文

本書は、今まで点で散っていたメタバースという概念を包括し、定義立て、論としてまとめることで今後の議論の土壌をつくるものだった。
ソーシャルVR国勢調査と銘打った1200人のメタバース住民からの回答を統計したデータを中心に
"今、メタバースと呼ばれる世界で何が起きているのか"を解して並べて揃えて晒してやろうという意欲的な試み。
現実世界の直ぐ隣にあるにもかかわらず、果てしなく遠い異世界にあるようなメタバース。
誰にとっても共通言語である数字と、今まで起きてきた事象の丁寧な解説によって、
少しずつ手触りのあるものに形を結んでいく。
俄かにでも、メタバースという概念を、手繰り寄せる糸が手元に現れる。
仮に、誰かにメタバースに関しての入門書を勧める機会があれば、私は真っ先にこの本を挙げる。


本書前半部分は、統計データを元にした分析とメタバースという事象に関しての解説とによって、
淡々と語られていく。
では終始、俯瞰的な、編纂者としての視点による分析に終始するだけなのか。
そんなことなはい。
インターミッション以後、後半からが本書の主題なのではないかと思わされる。
メタバースという定義が生まれ、世界が注目している現在の先に現れるであろう、
来るべき世界の姿へ想いを馳せるように加速していくように感じた。
メタバースへの未来への希望、展望を寄せることで、バーチャル美少女はメタバースの夢を見ていた。


話は変わって初音ミクが出た時、とても心が躍ったことを覚えている。
何かよくわからないけれど、世界が変わるのではないか、という期待感に胸が膨らんだ。
結果、世界は変わった。
CGM(Consumer Generated Media=ユーザー参加型メディア)というムーブメントが伝播して、初音ミクという存在は世の中の、まだ見つかっていなかったクリエイターを数多発見する機会を作った。
メタバースによっても、同じような世界が変わっていくような予兆を感じた。

本書にも出てくる、ウィリアム・ギブスン。
御大の著作、"あいどる"では世界的ロックスターとバーチャルアイドルの結婚のニュースの発表から物語が転がり出していく。
現実世界で、初音ミクと結婚された方がいらっしゃるように、フィクションのように感じられた世界が少しづつ現実になっていく。
今、メタバースで起こっていることは、攻殻機動隊やマトリックスなどの仮想現実を描いた物語を体験した後に、夢想し憧れた世界へ続いているかもしれない。


そして、後半に突入した瞬間に頻出する"コスプレ"という言葉が、
他の言葉と比べて定義の解像度が緩やかで、解釈が読者に委ねられているよう感じた。
コスプレと分人とで言葉と定義を分けたのはなぜか。
これは、エゴとペルソナとで分けて論じているのではないか思う。

-コスプレ=自分の本質/エゴを形作るものに対してのリデザイン
-分人=コスプレによってデザインされた自己の属するコミュニティ/社会の中においてのロール/ペルソナ

上記のコスプレという定義を踏まえて、私は各章の解釈は以下のように受け取った。

-アイデンティティのコスプレ=自分の本質/エゴに対してのリデザイン
-コミュニケーションのコスプレ=社会の本質/ヒューマンビーイング・人間の形成するコミュニティ(=社会)に対してのリデザイン
-経済のコスプレ=経済主体社会の本質/個人の経済活動に対してのリデザイン
-感覚のコスプレ=人間生来の身体デザインに備わった感覚のリデザイン

社会がメタバースによってリデザインされていく。
個人的には、そう考えると腑に落ちる。


最後に。
私にとって、衝撃的だったエピソードを、Web3を牽引していく世代から教わった。
 彼の後輩が、週末に旅行に行ったと言う。
 会話の流れでどこに行ったのか尋ねたそうだ。
 帰ってきた答えは『メタバース』だった、とのこと。
一緒に同じところに行って、同じ景色を見て、一緒に写真を撮って、一緒の思い出が残ったら、
それは今、俗に言われる旅行と何が違うの?という価値観がそこにはあった。
次の世代には既に、すぐ隣のメタバース世界に、気安くアクセスできる適性が備わっている。
着実に、メタバースはすぐ隣まで来ていて、メタバースの登場によって人間は拡張され、変化している。
そんなことを感じる話だった。


本書の後半にある、さまざまなしがらみからの解放(出生した性、見た目、名前、リレーションシップのあり方、経済、世界のあり方、生来の感覚)は、人類の在り方をアップデートするものかもしれない。
メタバース"が"進化するのか。
メタバース"で"進化するのか。

表紙を取って現れる本体表紙。
潔いくらいの真っ白。
ここに、現在のメタバースの世界と、
これからどのような色が乗せられていくのかの期待を示しているのではないかと、
読了の感想と合わせてそんなことを考えた。

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